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空と海の間に佇んで― モン・サンミッシェルとサン・マロ

モン サンミッシェル

2010年6月21日(月)

母のいとこのおば様ご夫婦との旅もいよいよ大詰め!
今日からは1泊でモン・サンミッシェル~サン・マロ(宿泊)~ルーアンへ。
朝8時すぎに出発した。パリからモン サンミッシェルまでは約360kmだ。A13号線をひたすらカンの方角に向かって進む。パリを一歩出るともう畑がずっと続いている景色に変わるので、おば様方は驚いていた。

11時半まで給油のみでどんどん行くと、遠くにモン・サンミッシェルの姿が見えてきた。そこで初の休憩タイム。朝急いで作ってきたおにぎりと卵焼きを出した。(時間がなくておかずは作れず☆)
モン・サンミッシェルといえばマダムプラールのオムレツだけど、私たちのは日本風卵焼きっ!気持ちのよい風に吹かれ、楽しくおしゃべりしながらいただいた。
お腹が少し落ち着いたので、再び出発~!そこからは15kmぐらいの行程だった。どんどんモン・サンミッシェルの姿が大きくなってくる。この近付いていく時の高揚感といったらどうだろう。実際近くから見上げると圧倒されるが、壮大な建造物のシルエットは、遠くから眺めた時の方がはるかに美しいと思う。

駐車場に車を入れ、拝観開始。まずは入り口にあった有料トイレに行こうとしたら、その脇の銀行のキャッシュディスペンサーに張り紙がしてあって、日本語で「トイレの支払いはあちらです」と書いてあったのでちょっとビックリした。キャッシュディスペンサーにトイレ用のお金を入れようとしてしまうのは日本人だけなのだろうか?その文章を全く違和感なく読んだ後で、(あれ?ここってフランスだよね~?)と思って可笑しかった。

修道院に入るのは狭い一本道で、両側にはこれでもかというように土産物屋やレストランが並んでいる。その見事な観光地化ぶりに少々ウンザリしながら入口へと向かう。チケットを買い、オーディオガイドを借りた。この説明があるのとないのでは全く違う。
まずは教会の外に広がるテラスから周りの海を眺めた。その広大な景色の素晴らしさに息をのんだ。引き潮なのか、真っ白な砂の上を歩いている人たちがいた。空にはカモメたちが鳴きながら飛び交っている。目に映る景色が大きすぎてカメラに収まりきらない。
修道院の中も美しく、荘厳だった。空中にあるはずなのに回廊があってその中庭はアルハンブラ宮殿をほうふつさせた。尖塔の先にはサン・ミッシェル。宗教の力ってすごい!とただ感服するばかりなり。

引潮 回廊 光射す寺院

モン・サンミッシェルを満喫した後、一路サン・マロに向かった。ちなみにモン・サンミッシェルはノルマンディー地方、サン・マロはブルターニュ地方。土産物とかも微妙に違った。(売っている絵はがきとかも)
サン・マロまでは車で40分ぐらいだった。まずはサン・マロの旧市街(城壁に囲まれた部分)から2kmのところにあるホテルにチェックインし、荷物を置いた。ホテルから海までは歩いて1分。目の前にはまっすぐな海岸線が…。その美しさにため息がこぼれた。
サン・マロの町は、歩いているだけで楽しい。城壁はぐるりと旧市街を取り囲み、その上をお散歩できるようになっている。ところどころに見晴らし台があり、市民の憩いの場になっている。のんびりひとりで日向ぼっこする人や、おしゃべりに興じる老人たち、楽しそうな笑い声を上げる子供たち、みんな幸せそうに見えた。こんなところで老後を過ごせたらいいな~と思った。(一人じゃ淋しいかな~?)

サン マロ 城壁 海! 砲台

夕食後、ホテルに戻る途中でなんと22時過ぎに夕日が沈んでゆくのを見た。ホテル近くの海の日の入りはあまりの美しさに言葉を失うほどだった。自然はなんと大きくて、人間はなんて儚いのだろう。月並みだけどそんな事を思いながら、変わりゆく空の色をただ見つめていた。

日の入り1 日の入り2 日の入り3


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2日目 ルーアンで寄り道

朝の海

サン・マロの朝は、美味しそうなパンの焼ける匂いで目が覚めた。7時には朝日がもう登っていて、カモメの鳴き声が聞こえてくる。
8時半にチェックアウトし、朝の海を見に行った。心が洗われるような美しさだった。とてもカメラには収めきれない感じ。
車で旧市街までドライブし、城壁内のカフェでコーヒーを飲んだ。

それから一路ルーアンへ。約250km。
昼ごろ到着し、ジャンダルクの処刑地跡の教会の近くに車を停めた。目の前にある美味しそうなチョコレートとケーキの店をチェックしながら、教会に向かった。しかし教会はお昼休み中。14時に開くというので、また戻ってこようとぶらぶらお散歩開始。まずはカテドラルに行かなくては。

ルーアンの時計台

ルーアンの街は、野暮ったいけれど何となく安心して歩ける感じがある。街の中心部が歩行者天国だからかな。サンドイッチ屋のようなファストフードのスタンドが目立つ。またはチェーン店のブティック。もう最近はどこに行っても、店の顔がみんな同じに見えてしまう。

カテドラルに入った後で、広場に面したホテルのレストランのテラス席で昼食。お天気がよく、気持ちよかった。デザートはさっきチェックしたお菓子屋さんのサロン ド テでと決めているので(!)、ここでは前菜とメインのみ。夏の暑い時に、テラス席のパラソルの下で取る昼食はなんて幸せなのだろう~と思った。

昼食後、広場の屋台やブティックを冷やかしながらジャンヌダルクの教会に戻ってきた。教会の前のカフェは広場に席を設けて、ワールドカップのフランスと南アフリカの試合を流していた。なぜか盛り下がっているな~と思ったら、案の定フランスが負けていた。
それからサロン ド テでデザート。チョコレート屋だけあって、チョコレートのケーキしかなかったが、ここが美味しくて大正解!ひと口、口に入れた後で、おじ様と「おいしー☆」と言った声がハモってしまった。

夕刻にパリに向けて出発。ルーアン―パリは130kmだ。遠くにエッフェル塔が見えてきた時、「帰ってきた!」という気持ちになった。おじ様たちも同様だったようで、ほんの短い滞在でも、パリには人を「帰ってきた!」という気持ちにさせてくれる包容力があるのかな~。
2日間ののんびりゆったりした旅ももうおしまい。魂の洗濯をしたような、そんな満たされた気分!

運河の迷宮 ヴェネチア

サンマルコ広場 遠景

母が今年もパリに来るなら、どこかへエクスカーションしたいと考えていた。去年のモロッコが予想以上に楽しくて、母と娘の珍道中もそれほど悪くなかったからだ。それに普段離れているのだから、たまには親孝行しようか…?そんな気持ちも少し。
電話した時に「どこがいいの?」と聞くと、「ベニスに行きたい!」即答だった。

ベニスは、過去に仕事で何度か訪れていたけれど、ほとんど1泊のみ。しかも20年ぶりって感じなので、知識は無に等しい。そこで早速下調べと手配を始めた。

まずは、飛行機。これは得意のEASYJET君で、簡単に取れた。(2人で204ユーロと超お買い得)それからホテル探し。トリップアドヴァイザーを活用し、ホテルのホームページも嫌になるほど見て、ようやくオープンして数年のホテルを見つけた。決め手は、立地、お値段、人々のコメント。
水の都ベニスでは、移動は船か徒歩なので、船着き場から近いことが重要。しかも観光のことを考えると、サンマルコ広場からもリアルト橋からも近いことが望ましい。そこで見つけたのは、そのどちらからも徒歩5分圏内、インフレのベニスで価格も許容範囲のホテルだった。(「AL CODEGA」☆☆☆☆)
とりあえず、器が決まったら一安心。あとはベニスの旅行案内やレストランガイドだけれど、これは現役添乗員の友達やフィレンツェ在住の友人にいろいろ聞いた。彼女たち曰く、「サンマルコ広場付近のレストラン及びカフェには決して入らないこと!」たまたまカフェに座った時に、目の前で楽隊が演奏していたら、お勘定書に「演奏代」として10ユーロほど加算されるのだそう。あとは、赤ワインを頼んだら、牛乳パックのような容器に入ったワインをついでいたのを見てしまったと言っていた。ベニス、恐ろしか~☆比較的まともといわれるレストランは、必然的に地元民が行くような場所になっているらしかった。
フィレンツェの友人はお勧めのレストランと観光場所を長いメールで知らせてくれた。感謝!

そしていよいよ出発の日になった。


2010年4月3日(土)

お昼すぎのEASYJETに乗り、約1時間30分でベニスのマルコポーロ空港に到着。曇り空。気温もほとんどパリと変わらない。
すぐに船のバス乗り場に向かい、ALILAGUNA社の発着所で時刻表を確認すると、リアルト行きのバスは出たばかりだった。これは1時間に1本しかないので、仕方なくサンマルコ行きに乗った。リアルト行きは40分で着くが、このサンマルコ広場行きはムラノ島やリド島を経由していくので1時間10分もかかった。
しかし、この外海から船でベニスに入るという行き方は非常に情緒があっていいな~と思った。遠くに見えていたサンマルコ広場がどんどん近付いてきた時には胸が高なった。

マスクの店 運河 ゴンドラ

船を降りると、私は地図も見ず、ほとんど動物的な勘だけでホテルに向かって歩き出した。探すコツは、家々の上に書かれた数字だ。これを頼りに歩き、最後は迷路のような奥にあるホテルを見つけた時にはちょっと感動してしまった。
しかし、チェックインをして部屋に入ると、まず「暗い」と思った。このホテルの部屋に入った時の第一印象というのが侮れない。そして浴室を見るとシャワーしかない!予約の時、メールでしっかり「シングルベッド2つ、必ず浴槽がついていること」と書いていたのにも関わらずだ。私はすぐさまフロントに行き、部屋を変えてもらうよう交渉した。「ダブルベッドの部屋しかない」というので、「それでも構わないから見せて」と言って見に行った。前の部屋より若干狭かったが明るく、小さいながらも浴槽があったのでこちらに変更することにした。それにしても(なんていい加減なんだろう)とちょっと腹立たしかった。あとで誰かと話したら、イタリアではよくあることらしい。

ホテル サンマルコ広場 夕ご飯☆

荷物を置いた後、ホテル近くで軽食を取ると、母はダウンしてしまった。パリですでに風邪気味だったのだが、ここにきて、咳が止まらなくなっていたようだ。
私は夕食の予約をしてからひとりで街の散策。先ほどと違う道を歩いてサンマルコ広場に行ってみた。
両側に建物の建つ幅の狭い道がくねくねと迷路のように続く。運河、小さな橋、行き交うゴンドラ。確かに絵にはなる。建物の1階部分はブティックになっていて、ベニスの土産物、ベネチアングラス、カーニバルのマスク、その他ありとあらゆるブランドのブティック、洋服屋、バッグ屋、靴屋がこれでもかこれでもかと並ぶ。軽食屋、ジェラート屋、レストランもある。
しかし、私はすぐにあることに気付いた。ひょっとしてツーリストしか歩いてないんじゃないの?地元の人が行くスーパーは?カフェはどこにあるの?
サンマルコ広場の雰囲気は確かに圧巻だ。でもなんかそれらはすべて大掛かりな舞台の装置のようで、群衆はその中でただ場の雰囲気にのまれ、踊らされているような感じ。観光のためだけにあるっていうか…。ここだけしか見ないのは辛いな、そんな気がした。

19時にホテルに戻ると母を起こしてレストランまで歩いて行った。
(「Trattoria al promessi spoti」: calle del l'oca 4367 CANNAREGIO 39-041-241-2747)
サンマルコ地区からカナレッジオ地区に来るだけで雰囲気が多少庶民的になってきたのが分かった。
ここは典型的なバーカロ(居酒屋)で、入り口のカウンター部分は立食でつまみやワインを楽しめるようになっており、隣の部屋に20席ほどの座席がある。ここの予約をしていったのは大正解で、すべての席に「リザーブ」の札が立ててあった。
私たちはサラダ、スパゲッティボンゴレ、イカのトマト煮込み、プロセッコ(発泡白ワイン)を頼んだ。多分、立ち飲みで目の前にあるつまみを注文しながら、あちこちはしご酒~の方がベニスっぽいのかもしれないな~と思った。
お味の方は、イカのトマト煮込み以外は正解。イカはトマト味と知らなくて頼んでしまったのだ。メニューはイタリア語しかなくて悪戦苦闘。フランス語が分かる店員がいたので助かったけど、メニューが読めなくて困った。いくつかメモしていったイタリア語の単語に頼り、必死のぱっちで注文したのだった。会話もフランス語に片言のスペイン語を混ぜてオリジナルのイタリア語にしていたし(なってない!)。

あと、これは北イタリア特有の習慣なのかもしれないが、座るだけで席料(パン代?)がひとり2ユーロとか3ユーロとか店によって違うが、加算されるのだ。私はよく分かんなくてチップも置いてしまったけど、これはチップの代わりなのかな~。
ともかくベニスは飲食代が高い!誠意のある店が少ない!そこから見たらこの店は及第点だったかも。少なくともちゃんと作っているし、スタッフも感じよかった。もう一回ちゃんと行って、ほかのメニューも試したいな~そう思えた店だった。






ベニス2日目

2010年4月4日(日)

朝食時、イースターのせいかゆで卵がカラフルな色付きでかごに入れてあった。卵型のチョコレートも置いてあって、「若いお嬢さん、好きなだけどうぞ!」とそこにいたムッシュウに言われる。「え?それって私のこと?」
得意げに母に言うと、「本当の歳教えてあげたら?」

10時ごろホテルを出て、サンマルコ広場に向かって歩いた。途中、ゴンドラを見て母が「いくらぐらいするのかナー」と言うので近くのゴンドリエに聞くと「1艘30分で80ユーロ」との答えだった。2人でも6人でも同じ値段らしいのでそのことを母に告げたら、「じゃあ、誰かを誘って割り勘にしよう!」なんて言っている。
そこに年配の日本人のご夫婦が写真を撮っているのを見つけ、母が「あのーゴンドラはもう乗りましたかー?よかったらご一緒しませんかー」なんて早速聞いていた。(笑)そのご夫婦は団体ツアーで来られていて、短い自由時間の間だったらしく、「いえ、集合時間まであと10分しかないんです」と去っていってしまった。残念?!

ゴンドラはさっさと諦め、私たちはサンマルコ広場でお互いの写真を撮りあった。母は、キョロキョロしながら「どこかに私のロッサノ ブラッツィはいないかしら?」
ベニスに来てからにわかに古い名画「旅情」を思い出してしまった母は、イタリアの渋い男を探していたのだった。(しかしそんな人どこにもいない!)

それからぶらぶらドゥカーレ宮の方に向かって歩いた。
サンマルコ寺院の前でも長蛇の列で並ぶ人々を見てびっくりしていたが、ドゥカーレ宮も負けていなくて、100人以上の人が並んでいた。しょえーっ。
しかしここを見ずしてどうする?という気持ちで仕方なく並び、ちびちび進んでいると、私のところに一直線にひとりの日本人のおじさんが近付いてきて、「なんで並んでるの?ここなに?」って聞いてきた。見るとおじさんは40人ぐらいの団体で来ていて、そこで広場から外海の写真を撮っていたのだった。
「ドゥカーレ宮です」と言うと、「何それ?」とさらに聞かれたので、なんか新鮮だった☆ツアーでは入ってないんだね。おじさんと話をしながら、ふっとグループの人たちを見ていたら、さっき「ゴンドラご一緒しませんかー?」と聞いてしまったご夫婦がいたのでビクッとしてしまった。世間が狭っ!

ドゥカーレ宮 ドゥカーレ宮 中庭 サンマルコ寺院

それからしばらくしてやっと入場券を買い、オーディオガイドを借りて中に入った。ところでこのオーディオガイドは、別料金で5ユーロ取られるけど絶対借りるべき!これがないと中に入っても何も分からなくてかなしいハズだ。
しかし私は2つ別々じゃなくて1つの電話状のオーディオガイドにもう1つヘッドフォンが付いたタイプを借りてしまったので(8ユーロ)、母といつもピーナッツのようにくっ付いていなくてはいけなくて、ちょっとしんどかった。これは2ユーロをケチらずに2人なら2つ借りよう☆
いやー、それにしてもベニスってすごかったんだねー。もう右見ても左見てもただ圧倒され、ははーっとひれ伏すしかないって感じの繁栄ぶり。しかしこのドゥカーレ宮だけど、議会も裁判所も住居も牢屋も全部一緒の所にあるっていうのはいかがなものか。ちょっとは分けましょーよ♪と思った。あれだけの物を見てこの感想というのは情けないけど、あまりのスケールにこちらの頭がオーバーヒート。ため息橋でホントにため息ついちゃった。(母はもう途中から「もう十分勉強しましたから、このヘッドホン取って下さい(哀願)」「疲れた、もうダメ、歩けない」「お願い~私をここから出して~!」と微妙に変化していった)

リアルト橋より リアルト橋 昼食

ドゥカーレ宮をやっと脱出(!)した後、疲れてゴネている母をだましだまし歩かせ、昼食レストランへ。予約なしで飛び込んだけど、席が空いていてラッキーだった。
Do Spade (calle de spade 859/860 S.POLO : 39-041-521-0583)
ここはS.POLOという地区で、サンマルコ方面から行くと、リアルト橋を渡り、右手の魚市場の方に行き、運河沿いを歩いて右手の対岸に「CA’ D'ORO」の停留所がある所で左折。その道には中華料理「翡翠」がある。その先を左に曲がったところ。
ここもバーカロで、カウンターでも飲食できるような造り。ここでは、サラダ、エビとキノコのタリアテッレ、ホタテとズッキーニのラザニアを取り、デザートはティラミスと発泡性ワインのシャーベット。飲み物はピノグリージョの白。頼んだものすべて美味しくて満足満足☆

昼食後、ホテルまで歩いて帰ると、またもや母はダウン。普段もお昼寝しないと体が持たなくなっているので、それに加え風邪だったので、相当辛そうだった。
私は少し休んでからひとりで午後の観光に出かけた。

運河風景 ペーザロ宮 フラーリ教会

向かったのは、「CA’PESARO」という美術館で、ここにクリムトの「サロメ」の絵があるので観に行ったのだった。この美術館は、18世紀の建物。運河側から見ると、重厚だけど白い石積みの建物なので、円柱と大きな窓の並ぶ様が美しい。2、3階には現代美術館、4回には東洋美術館が入っている。(チケットは両館共通)
現代美術館には、ベニス出身の画家が多いが、先にも述べたクリムトがこの美術館の目玉になっている。
東洋美術館の方は、日本の刀剣や蒔絵、掛け軸、美術工芸品のコレクションがまとまっていて(パリのギメ美術館よりいいかもしれない)圧倒された。
美術館の後は、少し歩いてサンタ マリア グローリオーサ デイ フラーリ教会に行き、ティツィアーノの「被昇天の聖母」という祭壇画を観た。(☆☆☆)
ベニスには数多くの教会があるが、本当にどこをどう歩いても教会に当たり、その祭壇画は外れなく素晴らしい。また迷路のような小道を抜けて広場にぶつかると、そこには人々がたむろし、子供や犬が遊び、のどかでゆったりとした時間が流れているのがいいな~と思った。

ひとりの散歩を終えてホテルに帰ると、母はまだぐったりしていた。喉も痛く咳も止まらずに最悪のコンディション。しかもすっかり弱気なヒトになっていて、「何も食べたくない」「明日もうパリに帰りたい」と後ろ向き発言。
しかし、昼間リアルト橋のところで一緒に見たスカーフがほしいと言っていたのを思い出し、「19時までしか開いてないんだから一緒に行って買おう!」と無理やり起こして街に連れ出した。
スカーフを買った後で、夕食は近くの店でパニーニとフライドチキンを買ってきて、ホテルでいただいた。

ところでこの先は余談だが、私はうすうすと気付いていたのだが、このパニーニで確信した。持ち帰りも出来る軽食店で、中国人が売っていたので「おや?」っと思った。それから思い出せば、バッグ屋の店員も中国人ばっかりだった。しかもどの店も同じバッグばっかり売っているし、ディスプレイがイタリアのそれと違うのだ。ひょっとして、ベニスも中国の波にのまれてる?パニーニはもちろん本物の味じゃなかった!
あとでホテルの人に聞いたら、ここ2~3年で中国人のブティックが急増したとのこと。やっぱりね。じゃあ、ベニスに来て「メイド イン イタリア」のバッグを買ったと思って喜んでいたら、イタリアの旗の絵柄のついた(!)「メイド イン チャイナ」のバッグを買ってしまっているわけだ。ベニス、ますます恐ろしか~。
歴史の培ってきた「ほんもの」の文化が圧倒的な力で人々を魅了させる街で、今日のベニスの商人はその残骸にしがみついていちげんさん相手にアコギな商売をしている。なんかそのような図式が頭に浮かんでしまった。
いずこも同じだと思うけど、ツーリストはもっと賢くなるべきで、本物か偽物かを自分の目で判断し、取捨選択をすべきなんだろうな。




ベニス 3日目

2010年4月5日(月)

昨晩早寝したおかげで、母の体調は今朝になってだいぶましになっていた。「帰りたい病」も治まっていたのでホッとした。ただ、最近では普段からお昼寝するようになってしまったし、あまり長くは歩けないのだが。

さてベニス3日目とはいえあまりにも見どころがあるため街中を制覇したわけではないが、今日はせっかくベニスに来たのだから…とベネチアングラスで有名な島「ムラノ島」に行くことにした。そこへは、サン ザッカリアというサンマルコ広場の隣の水上バス乗り場から長距離バスに乗っていく。所要50分ぐらい。これなら午前中観光しても戻って来れそうだった。

変な宣伝中のため息橋 ムラノ島 ムラノ島2
 

ムラノ島は、1つの島の名前ではなく5つの小さな島から成っていて、船の停留場所もいくつかあるのだが、私たちは南端のCOLONNAで降りた。すぐ右手に歩いていくと、そこは運河の両側にずらりとガラス屋が並ぶ道だった。
本当にここには見事にガラス屋さんしかないので、ガラスに興味がない人は面白くもなんともないだろうな~と思われる。私たちも最初は何も買うつもりもないし~と、割と冷静に歩いていた。
店の中には工房の見学ができたり、ガラス作りの実演を見せてくれたりするところもあるらしいが、今日はイースターマンデーで祝日のためか見られなかった。日本語を話す店員のいる大きな、商売っ気のある店もあったが、ほとんどの店は小さくて、家族で経営しているような感じだった。
店を冷やかして見ながら気付いたのだが、ブティックには似ている商品は売っているが、結構その店その店で個性があり、オリジナルの物も多い。ディスプレイも違えば扱っている品種も違うといった感じで、同じガラスでも多様なのだった。見ているうちに良し悪しが何となく分かってくるから不思議。
そうこうするうちに母は、ある店で小さなパグ犬の置物を見つけてほしくなってしまった。そこの店は動物のミニチュアが得意だったらしく、ほとんどの犬種がそろっていた。私は、多分他にも売っているから…と促してその場を去ったのだが、いくら歩いても他の店には犬コレクションは見つからない。母は「あのパグほしい~☆」と言い続けるので、結局引き返して買い求めた。パグだけではかわいそうだからといってフレンチブルドッグも買った母はすっかりご機嫌。それからも他の店で同じのを探してみたけど、結局どこにも同じ物は売っていなかった。
その道沿いにたくさんの店に入り、もうすっかりガラス通になってしまった私たちは、ムラノガラス博物館も見ずにジェラートだけ食べて帰ることにした。(母がすでに歩くのが嫌になっていたのだった)

今度は「博物館」前の停留所から船のバスに乗り、ベニスに戻ってきた。13時を回っていたのでどこかでお昼ご飯をと思い、お勧めの店のリストを見たがどこも遠かった。母はもうできるだけ近くがいいという感じだったので、不本意ながら、母が持っていた日本の某ガイドブックに載っていたその辺の適当な店に入ってしまった。
そこでは、サラダを頼んだらロケット(西洋タンポポ)のみが小さなボウルにほんの少し入って出てきてお値段は6ユーロ。こちらでは、サラダは自分で勝手にオリーブオイルとバルサミコ酢で味付けするようになっているので、お店の人はただ盛っただけ。これって料理っていえるのか?しかもスパゲティは2人前からしか注文できないし塩辛かった。水はワインより高いし、しっかり席料も取る。
別に美味しかったら高くても許す。でも誠意のない料理を出されて、しかも暴利っていうのでなんか納得いかなかったワ。でも分かんないとこういうとこに入っちゃうんだよね~という例のようだった。

アカデミア橋からの眺め 絵になる風景 絵になる風景2

そこからまたホテルまで戻って母を残し、私は大運河にかかる3つ目の橋、アカデミア橋を渡って「アカデミア美術館」に行った。この美術館は14世紀から18世紀の貴重な絵画がそろっている。大きな建物の2階部分だけだが、そのコレクションはベネチア派の集大成といってもいい。とくにベッリーニ、マンテーニャ、ティツイアーノがよかった。最近はキリスト教の絵が嫌になっていたが、やはりいいものはいいな~という再認識。それにしても14世紀の絵の中に出てくるベニスが今と変わらないのには驚く。
美術館を出ると、道なりに島の一番端にあるサンタ マリア デッラ サルーテ教会まで歩いて行った。これはペストの終焉を感謝して17世紀に建てられた白亜の教会だ。サンマルコ広場の運河を隔てた斜向かいに位置する。
ここから何枚も絵のように美しい運河とサンマルコ広場の写真を撮った。

ドームのある教会 少年の彫刻 サンマルコ広場遠景

それからホテルに戻り、母と一緒に夕食に出た。もうパン食はイヤだね~ということになって、昨日の昼間に偶然見つけた中華料理の「翡翠」に行くことにした。念のためにホテルのフロントでも美味しい中華料理屋を聞いてみたが、「翡翠」と言っていた!ここしかないのかな~?
しかしここがかなり美味しくて、大正解。イタリアン2皿とおんなじ値段で、中華はしっかり何皿も食べられる。なんか得した気分。しかもお醤油味に飢えていたし!
店員さんは商売上手で、イタリア語も上手な上に日本語もバッチリで「餃子?」「酢豚?」「もやし?」とか痛いところを攻めてくるのだった。
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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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