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2012年3月16日(金) 「暁の脱走」を観て

Mちゃんに借りた映画「暁の脱走」を観る。1950年のモノクロ映画だ。監督は矢口千吉、脚本は矢口千吉とともに、黒沢明。主演は池部良、山口淑子(李香蘭)など。
観終わってボー然としてしまった。

昭和20年、戦時下の中国が舞台。軍隊の生活などが垣間見えるのは興味深いが、観るうちにホントに嫌悪感が増してくるようなのでまいった。
敵の襲撃のさなかに中国軍の捕虜になってしまった三上上等兵と、慰問団の歌手、晴美。晴美はかつて、三上に助けられたことがあり、激しい情愛を抱いている。捕虜に対する中国軍の手当てや態度は温かく人間的だったが、三上は日本軍からつねづね「捕虜になった者は恥、見せしめのために銃殺」と聞いている。そのため、自らの頭を壁に打ち付けたり、自暴自棄になっている。
手厚い看護を振り切って、晴美とともに日本軍の基地へ戻る三上。そこに待っていたものは、やはり監禁と処罰だった。そこから二人は手に手を取って逃亡し…。という内容。

日本軍の上官は、無慈悲で野蛮、鬼のような人物に描かれている。兵隊たちはみな、黙ってそれに従うしかない。
ラストシーンは、荒野に逃げていく二人を機関銃の弾が追うという、救いようのない終わり方だ。着のみ着のままで何もない大地に走っていっても、もう終わりは見えていると思うのだが、そこまでして軍のプライドを守らなくてはいけないというのに脱力感さえ感じる。

日本軍の厳しさに比べて、中国の陣営の清潔で文化的で、紳士的な描かれ方にも違和感を覚えた。捕虜に対する扱いも、日本は後れを取っていると言わんばかり。
戦争が終わって5年後に、このようなある意味日本軍批判を織り込んだ映画が出ていたというのは非常に興味深い。敗戦したのだから、今までの膿を出さなくてはいけないという所だったのかな~。

話は変わるが、朝の連続ドラマ「カーネーション」も、面白いうちにもうあと残すところ1週間だ。
こっちでも、1か所、気になるところあり。
糸子の幼馴染が軍隊から帰ってきておかしくなっていた。(その後、また出征して戦死)その原因を、数年後に死にゆく老いた母が床で「あれは、軍隊でやられたせいと思っていたが、違った。ルポルタージュで見て知ったが、あの子がおかしくなったンは、やられたせいやない、やったんやな」と言ったこと。

あのエピソードは、意図的に付け加えられたのか、どうしても分からない。自分の息子が戦地でむごいことをしたということを、不憫に思ってのことか、悔やんでのことか。でもそのことを自分が老いて、死に向かっている時に回想するだろうか。そのことだけは、このドラマにおいて不必要なエピソードに思えた。どうして変な阿(おもね)りをするんだろう?

戦争は醜く、いやらしい人間の本質をむき出しにする。しかし、どんなことも、歴史を後に生きる私たちには計り知れないその時の事情があったはずだ。「日本軍」も「兵隊」もただ「悪」ではなかっただろう。そういう歴史の過ちの責任を誰かに取らせようとする行為は、観ていて非常に不愉快になる。
私たちは、平等に良くも悪くもなれるのではないだろうか…??
支離滅裂ながらそんな風に思う。



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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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