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2011年12月10日(土) 小津安二郎「父ありき」

「日本とのランデブー」という映画会を月に1度開催している映画館「パゴダ」(パリ6区)に小津安二郎の「父ありき」を観に出かけた。これは1942年、太平洋戦争中に撮影された貴重なモノクロ映画だ。小津監督38作目の映画になる。
配役は父(笠智衆)、息子(佐野周二)。この2人の父子関係がメイン。(母はすでに他界)
父は、中学校の教師だったが、箱根に修学旅行で行った際に、生徒をボートの転覆事故で溺死させてしまう。それは生徒が無断でボートに乗ったことが原因だが、自分の監督が行き届かなかったことと、改めて教師という責任ある仕事に対する畏怖の念を覚え、すっぱりと辞職してしまう。
その後、子供は中学に入り、父も仕事をしなくては生活が成りたたない。そこで父は、子供を寄宿舎に入れ、単身東京へ働きに出ることに決める。子供は寂しがりすねるが、父に「泣くな!頑張れ」と一蹴される。
10数年後、長男は東北の大学を出て、まるで父の後をなぞるように教師になっている。しかし大人になっても彼の夢は、父と一緒に住むことである。ずっと東京で父と住みたいと願っているが、赴任先が秋田になったりして不可能だ。
しかし、休暇で訪ねてきた父にそのことを言うと、こう返される。「仕事は一旦与えられた以上、天職だと思わなくてはならない。人間はみな分がある。その分はどこまでも尽きなければならない。辛いような仕事でなきゃやりがいはない…云々」しかし、父はそれをやり遂げなかったのではないか!と思わず突っ込んでしまった。
25歳になって、まだ「お父さんと一緒に住みたい!」という息子にも違和感だけど、父の考え方の融通のきかなさには、ちょっと勝手?と思った。小さい頃からずっと、たった一人でただ「頑張れ!」と言われ続けてきた息子にとって、(いつか父と暮らせる日が来る)というのがただ一つの励みだったのに違いない。別に東京で教職を探すという選択肢がないわけでもないだろうに…。
その後、兵隊検査で東京へやってきた息子が父の家で10日間の休暇を過ごす。父は、お国のために無事に甲種合格になった息子に安心し、昔の教え子たちとの再会もあり、つかの間の幸せに浸る。
この時、昔の教師仲間の娘との縁談を息子に打診する。息子は「お父さんの好きなように」と答える。結婚までもお父さん次第か~と、この息子の覇気のなさにはビックリするものあり。
このまま終わらないだろうな~と思っていたら、案の定、父が急な病に倒れ、そのまま帰らぬ人となる。
最後は、妻となる女性とともに、秋田に向かう電車のシーン。
「父と過ごした最後の日々が楽しかった。素晴らしい父を誇りに思う」という台詞に妻が泣く。
ふーーーーむ。

昔の父と息子の関係、これが平均的とは思わないけれど、なんか納得できなくて苦しい☆戦争中ということを重ね合わせても、なぜか閉塞感が残るのだ。がんじがらめというか、自由がないというか…。
清く正しく生きてきた人がただ「いい人だった」と評価されるというのが、うまく言えないけど何とも面白くないのである。そこには、なんのドラマもないような気がする。こういうのが「お手本」としてではなく、現実と反面の「ギャグ」になっていたらいいんだけど…とひねくれた私は思ってしまう。(「こんな人いないよ!」的な)
父もかなりの堅物だけど、この妙なファザコン息子と結婚するのはキツイな~と思うワ。突っ込みどころ満載のストーリーでありますな。でも笠智衆なので、その非現実さ加減がよく出ていたと思う。若かりし日の口ヒゲの智衆さまは、イチローにそっくり!という発見もあり☆
 

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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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