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2011年4月5日(火) 連帯ということ

街で見かけたポスター

NHK歌謡コンサートというベタな番組をやっていたので、横目で見ていた。今回は、地震の被災地の方々に向けた応援のための選曲で、わりと豪華な顔ぶれだった。
「日本中を歌で励ましたい」「避難所の皆さん、頑張ってください!」とメッセージをはさみつつ、故郷の歌を中心に歌う歌手たち。今この時に、単純に「いい人」になるのは易しいな。
歌で人を救えるか、元気づけられるか、という問いには、多分イエスと答えるだろう。でも、今がその時なのか、そして被災地の人たちが本当にそれを欲しているのか、私には分からない。「なに歌なんか歌ってるの?」という反応もあるかもしれない。
言葉を詰まらせ、励ましの言葉をかけた直後にパッと笑顔になり、ステージに立つ出演者にフシギな違和感を覚えた。どっちが本当の姿なんだ?

私の住む街で見かけたポスターも、「日本の被害者との連帯」と書いてある。でもどれだけその哀しみが分かってるのかな~?この間まで、放射能がどうのこうのと大騒ぎしていたくせに。
まあ、わりとこちらの国では普通に人助けをし、助けられた方もそれを堂々と受けているので、そもそも日本人とはメンタリティーが違う気がする。助ける方も助けられる方も対等というか、同じ人間同士という位置のように思える。それは、街角のおもらいさんと通りすがりの人が普通に会話したり、挨拶したりしている姿や、メトロの中でも当たり前のようにコインを渡したりしているのを見てそう思う。もらう方も全然卑屈になっていない感じ。
「心のレストラン」なんていう試みもそうだ。スーパーで小麦粉やパスタなど何か一つ余計に買って、出口のところで係の人にそっと渡す、あるいは箱に入れる。そういうささやかな善意の積み重ねが、何十万という人たちのお腹を満たす。また街の随所には、古着を回収するための箱が置いてあり、定期的にそれらは、困った人たちのもとに届けられる。普段からそういう「困った時はお互いさま」的な活動が行われているのだもの。

しかし、日本はどっちかというと「人様に古着なんか差し上げては失礼」という目線だし「人から施しなんか受けるのは恥」という文化だ。メトロで「仕事も家もないのでお金を恵んでください」なんて誰かが言ったとしても、(そんなことしてる間に仕事探せ!)という冷たい視線を浴びるのがせいぜいだろう。そういう点、弱者に冷たいともいえる。だから出来るだけみな、自分から弱者になるのを避けるような気がする。人との関係も、「連帯」というよりはタテ社会だ。常に相手と自分と、どちらが上か、下か(年齢、職業上の立場、社会的立場)を意識している民族だと思う。だからこそ今回、被災地の人たちが「どうか助けて下さい!」と堂々と言っているのを聞いて、これは本当に大変な事態なのだと思った。前にも書いたけど。

日本は今、世界中から注目されている。この難局の乗り切り方を他の国は固唾をのんで見守っている。原発の処理一つにしても、いまや日本だけの問題ではなくなってきている。地球規模の岐路に立っているともいえる。この舵取り次第で、世界の、日本への評価が変わってくるのは間違いない。どうか心からの連帯と迅速で的確な判断を!


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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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