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2009年12月5日(土) 救いのない結末「私は貝になりたい」

夜、JSTVでやっていた映画「私は貝になりたい」を観たら、一日の出来事などどこかにぶっ飛んでしまった。終わりのテロップの間中、家族4人が無言になってしまった。
まず一言、「なんでこれを撮ってしまったのか~?」観終わって鼻歌が出るような映画ばかりが好きなのではないけど、どこにもぶつけられない嫌な後味だけを残されてもな~。

話は、第二次世界大戦中、上官の命令で米軍捕虜を殺害した(本当はもう息絶えていた)との罪で死刑判決を受けた2等兵が、「生まれ変わったらもう人間にはなりたくない。貝になりたい」という遺書を残して絞首刑になるという筋書きだがこれはフィクションだとのこと。似たようなことはあったらしいが、私はよく分からない。
だいたい今、この時代に戦争を描いた映画やドラマを観ても、そのリアリティーは肌で感じられないのだもの。いくらかの感情移入はできる、泣く事もできる。でも、なんか…変なクローズアップとどこかに教訓があり素直にうなずけない…そんな感じ。戦争はイヤだ!という強烈なメッセージがストレートに伝わってくる話ならまだ好感は持てるけど。

この映画には美しい四季おりおりの壮大な自然の描写は不要だ。人間愛、同士愛、家族愛っていうのともちょっと違う気がする。なによりも「ありえない」話だし、望みが全くない。
戦争中に一兵士が上官の命令に従うのは当然だ。それが出来ずにいたら銃を突きつけられ「天皇陛下の命令だ、聞け!」と言われたら、現代の若者ではないのだ、聞く以外ないだろう。それを戦後に咎められ、その咎で絞首刑になる…。そんなのがまかり通ったら、戦争にいった人皆が罪人になってしまうのではないか。
また、刑が軽くなると思って喜んで牢屋を出たら、死刑執行の呼び出しだったっていう落差は、それまでにさんざん出られるのではないか…という期待をさせていただけに無常すぎる。しかも、しばらく死刑が無くなっていた後に突然(死刑が)復活したり、嘆願の署名を集めた直後なのになぜーーーっ?と疑問ばかりが湧いてくる。
それでもどこかに救いがあるのでは…と期待して観ていたら全く肩透かしだった。絞首刑になって終わりのテロップ!空しいっていう点では「ダンサー イン ザ ダーク」を思い出した。生きているのが嫌になるような終わり方だ。

脚本が同じ人(橋本忍)ということで野村芳太郎の「砂の器」を髣髴とさせる場所がところどころにあった。「砂の器」とは器が違うけど!(署名を集めて回るシーンなど)
キャストはもったいない使い方をしていた。端役にいい役者が多かった。しかし肝心の主役の中居くんとか、囚人の鶴瓶なんて、本人のせいではないけど、あきらかにミスキャストでは?(お笑いの人は既にイメージが限定されているのでキツイ)仲間さんは顔がちょっと現代っぽすぎる。もっと古風な感じで影の薄そうな人の方がそれっぽかったかも。主役ふたりの馴れ初め部分、最初の10分は不要。床屋の椅子を買うくだり、新しいライバルの床屋ができたっていうエピソードは意味不明だった。(大体、ダンナが死刑囚っていう状況で新しい椅子を大金出して買うでしょうか)


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こんばんは!

見ましたか~
私はとうとう見ませんでしたし、これからも見るつもりはありません。昔のフランキー堺のTVドラマはかすかに憶えていますが、今、これをリメイクする理由がわかりません。今日もNHKの番組で、ある方が言ってましたが、「戦争の悲惨さは“物語”になっちゃいけない!厳然たる事実を伝えていかなければならない・・・」
私も全くそのとおりだと思いました。

FUSA様

これからも見るつもりはありませんか~。
私としては、FUSAさんに「観なくていいです」というのと、「ぜひ観て感想を聞かせてください。できれば私のモヤモヤを一緒に分かち合ってください!」っていうのが半々です。
「戦争の悲惨さは物語になっちゃいけない」っていうのは名言だと思います。でも「厳然たる事実」っていうのは、本当に歴史の骨格だけであって、細部肉付け部分はその人の立場によって、見方によって、(もちろん国によって)全く違っているというのが厄介ですよね。
それこそ人間の数だけ受け取り方が違って当然なのですから。(例えば同じ1枚の写真を見ても人によって全く受け取り方が違うように)そして戦争のことを語れる人が少なくなっていけばいくほど、事実のみを描く難しさは増す一方でしょう。
ともかく私が一番この映画で不快だったのは、観終わると人間であることが嫌になってしまうような所です。「生まれ変わって今度は貝になりたい」って一体なんなんでしょう。もうほんっとに嫌~!
やっぱり観終わった後、スカッと「人間っていいな、生きるっていいな~☆」って思いたいです。

おはようございます!

実は今回のリメイク版のシナリオは読みました。尊敬する橋本忍さん渾身のリライトですが、どうしても見る気になれませんでした。
最初のTVドラマの時、私は中学生でしたが、思い出すと、当時、「私は貝になりたい」という言葉は流行語にもなりました。それは、価値観の違う連合国による戦犯裁きへのアンチテーゼと、罪も無い国民が裁かれることによる、天皇の戦争責任の暗喩を、そのタイトルの中に、みんなが感じ取ったからと理解しています。
TVドラマが放映された時代は、それを感じ取れる人々が大半だったわけです。だからこそ受け入れられたと思うのです。
昨日テレビで言っていたのは作家の半藤一利さんです。指導者たちの誤まった判断により、国内だけでも400万近い民間人が死んでいったわけですが、彼は、少年時代に目の前で空襲で焼け死んだ母子の姿が未だに目に焼きついているそうです。そんな悲惨な実態を、脚色することなく、ありのままに伝えていくこと、それが戦争抑止になるのであって、ノスタルジックなおとぎ話にしてはいけないというような意味の話をしておられました。

お返事ありがとうございました。

戦争は語り継いでいかなくてはいけないことだと思いますが、いかんせん遠い昔のことになりつつあります。だからせめて嘘ばなしはやめてほしいな~と思いました。
観てから何日もたつのに、未だに悪夢のような幻像に悩まされています。
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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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