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マラケシュ 最後の日

2009年3月18日(水)

マラケシュ美術館

テラスで気持ちのよい朝食をいただき、観光に出かけた。
行く先は「MEDERSA BEN YOUSSEF」14世紀半ばに建てられ、昔の神学校として使われていた建物なのだが、ミシュランガイドで星が3つ付いていたので、ぜひとも行きたいと思っていたのだ。
しかし道に迷ってしまい、結局何人もの人に道を尋ねる羽目になった。
最初に道を聞いたのは、学校から出てきたばかりの中学生ぐらいの子供。この子は全く正反対の方角を示しておきながら「なんかくれ」と言ってボールペンなどをほしがった。その後、2人ぐらいに聞くがはっきりせず、ついに案内人としてついてきたのはベルベル人の子供。出来れば誰にも道なんか聞きたくないのだが、道が入り組んでいて分かりにくいのだ。

モスケ 市場 デコレーションの店

狭い路地を歩きながら、道端に店を広げている人たちや、屋台のような店のカウンターにじかに置かれているパンや魚、食べ物や物の腐ったような匂い、沢山の人たちやすれすれに行くバイクや自転車、そういったものにだんだん、こちらの感覚が麻痺してくるような気がした。汚いとか臭いとかすごいとか、そんな言葉では表現できない感じ。多分、しばらくいたらこれが普通になっていくんだろうな~と思った。

のどかな通り 石畳の道 比較的きれいな道 

かなり歩いて、やっと観光地っぽく整理された道に出た。歩いているのも観光客が増えてきた。
神学校はコーランだけでなく哲学や天文学、医学や数学なども学ぶことが出来た。今でいう総合大学のような役割を果たしていたのだ。2階には寮も兼ね備えており、132部屋、最盛期には900人の学生が住んでいたらしい。寮の部屋も見学したがそんなに広くなくて、ここに何人ぐらいいたのかな~と思った。また部屋によってかなり眺めや明るさなどの格差があった。大体の部屋がメザニンになっていて、部屋の片隅に2階に上がるハシゴがあった。

神学校跡 寮は迷路のよう 寮の部屋

神学校とマラケシュ美術館と昔の水道塔は3つが近くに固まってあるので、共通のチケットがあった。そこで私たちは全部見学して60ディラハムというチケットを買った。

マラケシュ美術館は、アートというよりも、モロッコの各種産業の展示がしてあった。噴水のある大きなホールの周りの小部屋に展示がしてあるという方式。
モロッコの建築には中庭があるか、室内でも噴水や小さな池が欠かせないようだ。やはり暑い国なので、必ず涼しい場所が家の中に用意されている。富の象徴という意味もあるのだろうが。それとも祈りの前に身を清めるためか…。
ここでもまた細かい手作業の刺繍や、絹織物、陶器や装飾された刀、ベルベル人のアクセサリーなどの展示を見た。

美術館への道 美術館入り口 美術館

それから12世紀に出来たという水道塔に行き、周りを歩いた。アトラス山脈からの水を引くための水路が整備されていたのだという。今では廃墟のようになっていて当時の面影はない。昔はどれだけ水が貴重だったことだろう。それにしても80キロもの水路を築いた昔の人ってすごいな~。

昔の水道塔 水道塔とモスケ 水道塔辺りの眺め

観光を一通り終えて、昼食を取るためにまたフナ広場に戻ってきた。広場に面した「カフェ ド フランス」のテラスに陣取り、最後のクスクスとタジンを注文した。もう明日の午後にはパリなんだな~と思うと感慨深かった。ここのタジンは大きなプルーンが入っていて美味しかった。 

レストランから広場を見下ろす 新鮮!トマトのサラダ クスクスとタジン

午後は、母が昼寝してしまったので、私はひとりでタクシーで「マジョレル庭園」に行くことにした。
マラケシュには広い庭園がいくつかあるが、みなメディナという旧市街の塀の外だ。メディナの中には観光地が密集しているが緑は少なく、住む環境としてもあまり快適ではないような気がする。
広大な敷地の中にある設備の整ったホテルや高級住宅街は、みな塀の外にある。
私はタクシーに乗る前に「20ディラハムだよね?」と言って先払いしてしまう方式を使った。観光客だと見ると値段はあってもないようなものだからだ。
そして庭園に着くと、入り口に大型タクシーを見つけたので、明日の空港への送りをついでに交渉した。気のよさそうな運転手のおじさんにホテル近くのバイア宮殿の入り口前に8時45分に来てもらうようにお願いし、名刺をもらった。

植物園1 植物園2 植物園3

マジョレル庭園は園内に「イスラムアート美術館」を併設している。庭園は30ディラハム、美術館は15ディラハムだった。ここの美術館は小さかったが、展示はとても洗練されていた。
ここは、もともと20世紀初頭にマラケシュに魅せられたフランス人の画家の私邸の庭だったらしい。それを80年にイヴ サン ローラン(他)が買い取っている。庭にはそのため彼の真新しい慰霊モニュメントが建っていた。
庭の植物や木自体は、大して珍しくもなかったが、ゴミゴミした雑踏から逃れて久しぶりに緑の中に身を置いたので気持ちが良かった。

帰りは客引きのタクシーが「50ディラハム」とか値段を吊り上げているのを尻目に、リヤドまで歩いて帰ることを決めた。ちょっと冒険だったが、来る時に道を見ておいたので帰れるような気がしたのだ。
まずはメディナの塀を目指して歩き、迷うこともなくリヤドに着いた。でも1時間以上かかった。


2009年5月19日(木)

いよいよ出発の朝。
リヤドのホールで朝食をとり、メイドさんにチップを支払い、タクシーとの待ち合わせ場所まで向かった。ホテルのボーイさんが一緒に荷物を運んできてくれた。
時間通りにタクシーが来て、順調に空港まで運んでくれた。
現地のお金も最後に空港の店で使い切り、30分遅れの飛行機に乗って帰ってきた。
シャルル ド ゴール空港に着くと、荷物を待っている間に、ガラスの向こう側に主人と次男の姿を見つけた。ぱたぽんのニコニコ笑っている顔もあった。ただいま~!

追記)
マラケシュのリヤドは、「RIAD Dar One」といいます。ホームページがあります。
予約は直接よりも多分、ネットで予約した方が安いと思います。

http://www.splendia.com/en/riad-dar-one-marrakesh.html
http://www.riad-dar-one.com/
 

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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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