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マラケシュからエッサウイラへ

2009年3月15日(日)

朝のフナ広場 ジュースやさん スーク 色の洪水 

エッサウイラに行くバスは10時45分発だったので、朝食後、フナ広場から続いている市場(スーク)を歩いた。店を開け始めている人々の熱い視線、呼び込みの声、雑踏にもだんだん慣れてきた。スークは迷路のように、くねくねと続いている。あまり変な所まで行ってしまうと帰れなくなりそうだったので、フナ広場から遠ざからないように歩いた。ここで母が小銭入れを購入。(40→30ディラハムに)

市場(スーク)風景 お皿やさん ランプやさん

ホテルに着いてから、お掃除担当の人、マッサージを昨夜してくれた人にそれぞれチップ(20ディラハムずつ:240円)を渡し、タクシー乗り場まで小ムスタファに連れて行ってもらった。途中、前から気になっていた乞食のおばあさんにパンとお菓子の包みをあげるとにこっと笑顔を見せてくれた。

高速バスの乗り場までのタクシーは20ディラハム。(街を行くタクシーは均一料金なのか、イマイチ分からないのだが、モロッコ人と一緒の時は取りあえず20ですんだ)
バス乗り場に着くと、バスに預ける荷物代(1コにつき5ディラハム)を支払い、バスを待った。全席指定。エッサウイラまでは片道170キロ、65ディラハム(780円)。エアコンのついたバスで、リクライニングの立派なシートだ(でもトイレはない)。乗り込むのはほとんどが外国人旅行客だった。みな英語やフランス語のガイドブックを読んでいた。

車窓から 車窓から 2 ここは壁の外側

バスの旅は快適だった。途中、1ヶ所、トイレ休憩。その時に今夜からの宿に電話を入れた。ホテルのマダムは、「バス停に着いたらタクシーに乗って。6ディラハムで街の門まで行くから」と言っていた。私は言われた通りの地名(門の名前)をメモした。

休憩後、1時間ほどまたバスに揺られて、14時にエッサウイラに到着した。
ところが、バスの停留所付近には、1台のタクシーも停まっていない。その代わりに例の荷運びリヤカーのおやじ達がわらわらとバスの降り口に押し寄せてきた。
「どこに行くんだ」「荷物をよこせ」「ホテルどこだ」と口々に叫んでいる人たちを退け、キョロキョロとタクシーを探すも全く見当たらない。
「ホテルはどこなんだ?」と言ってきたリヤカーのおじさんにホテル名を告げると、「40ディラハム」と言う。「冗談じゃない、タクシーで6ディラハムの場所なのに、なんで40ディラハムも払わなきゃいけないの?3ディラハムの間違いでしょ?」と私が言い返すと、「30」といきなり下げてきた。
でもまだ私が「タクシーを探しているの」と言うと、「ここにタクシーは来ない。そこには歩いていくしかない」と言うではないか。
訳も分からず、なんか無性に腹が立って、「じゃあ、歩いていくからいい」と言って目の前に見えている城壁に向かって右手に歩き出したら、おじさん達が「ホテルはそっちじゃないよ、こっちだよ」と左の方を指していた。
その頃は何故か蜘蛛の子を散らしたように他の乗客たちはひとりもいなくなっており、バス停留所に残っていたのは、私たちと1台のリヤカーとおじさん2名だけだった。おじさんたちも、これはとんでもない客に引っかかってしまったと思っていたに違いない。なんだか気の毒になって、「母を歩かせるのがイヤだから、タクシーに乗りたかったの。別にあなた達のせいで怒っているわけじゃない。でも30は高いよ」と言うと、「お母さんはリヤカーに乗ってもいいよ。荷物も乗せて、ホテルまで15ディラハムで行ってあげる」と言うので、「ホント?じゃあ、お願い☆」とやっと折り合って、母をリヤカーに乗せた。
その時の格好を後で思い返すだけで笑えるのだが、母は頭にスカーフを巻き、その上に2ユーロの麦わら帽子、という農民のような姿でリヤカーに乗り、公園のような場所を5分も歩かないうちに街に入る城門まで来た。(衆人注視の中!)
つまり、バス乗り場の場所があまりにも城門に近すぎて、タクシーなんか停まっていなかったというわけだった。エッサウイラの旧市街も城壁に取り囲まれ、その中はタクシーが乗り入れられないのだ。
後で、宿のマダムは他のもっと遠いバスの停留所と勘違いしていたことに気付いた。

城壁の外の公園 モスケの尖塔 旧市街に入る門のひとつ
 
ホテルはちょっとおしゃれなリヤドで、ホームページですっかり気に入って予約した。全室の案内まで写真入りで載っているので、好きな部屋を予め選べたのが良かった。私の希望はここでも同じく、「浴槽があること、ベッドが広いこと」。ホームページで見ていた通り、客室もモダンで隅々までセンスよく、モデルルームのような部屋だった。(ひとつ難があるとすれば、浴槽がオープンなのだ!よっぽど親しい相手と一緒でないと、苦しいと見た)
到着してすぐに、その2階のテラスでミントティーをサービスしてくれた。ここでやっとバカンス気分になった。大西洋は光っているし、絶景、絶景!
(Madada MOGADOR マダダ モガドール: www.madada.com)

ホテルの部屋 オープンな浴室 海の見えるテラス 

一休みした後、両替も兼ねて城門の外に出た。タクシー(6ディラハム均一みたい。明朗会計☆)に乗って、ホテルの人に聞いた最近出来たというスパの施設のあるホテルに向かった。ここでタラソテラピーが出来たらな~と思って聞きに行ったのだ。
ホテルは、このソボクな海沿いの町には場違いなほど豪華で、スパの施設も見学させてくれたのだが、素晴らしかった。でもハマムとジャグジーとマッサージしかなかったので、私の考えていたようなものとは違った。しかもお値段が、130ユーロぐらいと、別に他の場所でも出来るような価格設定。それだけ出すなら、別にモロッコでしなくてもいいな~と思ったのでこれはやめた。あんまりタラソは盛んじゃないのかな~?

時計塔 城壁 旧市街のメインストリート

また城壁の所までタクシーで戻り、門の中に入って旧市街をお散歩しながら昼食場所を探した。
マラケシュと違って、建物の壁は真っ白が多い。そこに目の覚めるようなブルーの扉が印象的だ。
市街地は、旅行者向けのおみやげ物やさん街と、住民向けの市場とに大きく分けられるような気がした。でも道路の幅は広いので歩きやすく、しつこい客引きもいなくて、マラケシュに比べるとはるかにヨーロッパに近い気がした。

アーケードの商店街 往来にて 遅い昼食

昼食は、母が舌平目のグリル、私がパスティーヤというモロッコ料理を取った。このパスティーヤが美味しいのなんの。周りをパリパリの薄いパイ生地で巻いてあって、中にはちょっと甘いアーモンド風味の鶏と野菜の炒め物が入っている。中身は魚介類なんていうのもあったのだが、残念ながら品切れだったのだ。「エッサウイラでは魚料理!」とマラケシュの人たちが口を揃えて言っていたのに~!
でもこの鶏肉も全然OKで、はまってしまった。昼食は2人で140ディラハム。(1600円)

この後、母がお昼寝したいモードになってしまい、宿に帰ることにした。

夕食はまた私がひとり外出して、ピザと果物を調達して帰ってきた。
夜遅くなっても往来に人が多く出ていて、商店も開いているのが印象的だった。特に小さな子供も、歩き回っていて、寝なくていいのかな~と不思議に思った。
食料を両手に抱えた帰り道は、街中を避けて街を取り囲んでいる壁の周りを半周歩いて帰ってきた。大体街のつくりを把握したのはいいけど、途中の道に街灯一つなく、文字通り真っ暗な場所が10分ほど続いていたので心底コワかった。(暗闇の中で、2台のバイクに乗ったポリスに助けられたけど、最初「暴漢」と勘違いして死ぬかと思った!)
意外なことに、モロッコの街ってスリや引ったくりがないのだ。多分、こうしてポリスが街中を至る所で監視しているせいかもしれないな~と身を持って知った。でもホント、あの時は脳裏に「日本人女性観光客襲われる!」という3面記事の文章まで浮かんできてしまったのだった。

リヤドの前の道 果物やの鮮やかな色 旧市街に入る門

エッサウイラでおすすめのリヤドです!ご参考までに~☆
http://www.madada.com/

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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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