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マラケシュ2日目

2009年3月14日(土)

エル バディ宮殿

朝食は、絞りたてのオレンジジュースに丸いパン、モロッコ風のクレープみたいなのを食べた。朝食スペースは2階の私たちの部屋のまん前にある場所で、他に誰もおらず、のんびりできた。
9時半頃、ホテルを出発。ガイドは時間に現れず、結局ホテルの小さいムスタファ(面倒なので小ムスタファと略す)が空いている時間(午前中と午後3時以降)だけ市内観光してくれることになった。ライセンスはないけれど、人柄はよさそうなのでまあいいか、と思った。この国では、くよくよ小さい事にこだわってられへん。

朝食 往来にて じゅうたん屋

なぜガイドを雇ったかというと、とにかくモロッコ人が横にいるのといないのでは全く回りの態度も違うし、買い物する時も正規料金を知っている人が居てくれるのはありがたいと思ったのだ。それに、この時はまだ道がよく分からなくて、行きたい場所にスムースに行く自信がなかったし。
しかし、迷路のように見えた道も歩いていくうちにだんだん分かるようになってきた。観光名所は割と密集していた。

エル バディ宮殿 1 エル バディ宮殿 2 こうのとりが!

まず案内されたのは、「エル バディ宮殿」という廃墟のようになっている17世紀の宮殿跡で、分厚い壁と広いオレンジ園だけが残っている。城壁の上にはたくさんのコウノトリの巣があって、間近に鳥たちを見ることができた。
ここに入る時にびっくりした事がひとつ。それはモロッコ人料金と、旅行者料金があったこと。モロッコ人は10ディラハム、旅行者は20ディラハム。またそれ以前にモロッコ人は金曜日には入場無料なんだとか。だったら誰もわざわざそれ以外の日には来ないよね~。でも小ムスタファが何かを言って私たちは10ディラハムで入ってしまった。こんないい加減でいいのかな~。いいっか、モロッコだし。

この宮殿自体は廃墟なので何にも見て回る部屋がないのだが、この宮殿の奥にある別館の「ミンバ」というイスラームのモスケに必ずある祈祷台(というのかな~。モスケの偉い人が上に座る階段つきの椅子みたいなもの)というのはミシュランガイドで2つ星がついていた。
あと見逃してはならないのは、城の地下の牢獄跡。これがものすごくコワいの。終身刑の罪人のみが入ったという牢屋は、真っ暗で何にも見えない。ここを出て行くのは死んだ時のみだったという小ムスタファの説明に背筋がゾクっとなった。
最後に高台に上がって、マラケシュの屋根を見下ろした。なんということだ。このパラボラアンテナの数!せっかくの美しい景色を台無しにしてしまっている。マラケシュの建物の壁はみな赤い色。それだけが唯一の調和だった。

エル バディ宮殿 3 エル バディ宮殿 4 エル バディ宮殿 5

宮殿の後、私は小ムスタファに頼んで、マラケシュで泊まる予定のもうひとつの宿に連れて行ってもらった。明日は「エッサウイラ」に行き、そこで2泊して、その後またマラケシュに帰ってくる予定だったのだが、高速バスの停留所からそこのホテルまで無事に行かなくてはならないのだから。

小ムスタファ曰く、その宿は「ユダヤ人地区」の一角だとのこと。いくら住所があっても、通りの壁にはほとんど道の名前の表示がないし、あったとしてもアラビア語で書いてあるので全く歯が立たない。
ユダヤ人地区はフナ広場あたりと違って、観光客がほとんどおらず、道端の人々にまるでパンダを見るような目でじろじろ見られた。その目線の方が、客寄せのお兄ちゃんたちの人なつこい目よりもずっと冷淡でおそろしく感じられた。それにしても、なんでみんな道端に手持ち無沙汰に座り込んでいるのだろう…と思った。

路地裏 ユダヤ人地区 ユダヤ人地区 2

ユダヤ人街の狭い道の中には共同の「パン焼き釜」があって、小ムスタファがわざわざ連れて行ってくれた。写真を撮らせてほしいと言うと、パンを焼いていたおじさんは当たり前のようにコインを要求してきた。
街を作る要素として、まずどの地区にも必ず2つのモスケ、2つのパン焼き釜、1つのハマムがあるのが基本だという。ここはユダヤ地区なので、モスケの代わりにシナゴーグ(ユダヤ教の教会)だったが。パン屋さんにパンを買いに行くより、釜で焼いてもらった方がお得で半額程度とのこと。
パンは、家庭で練って発酵させ、まな板に乗せて布で来るんだ形でここに持ってくる。
釜の中には80個以上のパンが入れられ、同時に焼かれるというのだが、このパン焼き職人のおじさんはすべての家のパンを間違えずに相手に渡す事ができるのだそう。この釜にパンを持ってくるのは子供が多かった。そういえばよく子供が大人を手伝う姿があちこちで見られた。小さい弟を抱きながら、パンを運んでいた小学生ぐらいの男の子を見て、一瞬うちの子供たちを思い出した。

パン焼きおじさん 焼きあがったパン 昼食のレストラン

もうひとつのリヤドは、ユダヤ人地区のかなり入り組んだ場所にあり、多分ひとりではうまくたどり着けないような気がした。やっと着いた場所は、しかしすごくおしゃれな空間で、フランス人のオーナーが気持ちよく出迎えてくれた。
「明日から2晩、エッサウイラに行き、その後戻ってきます」というと、「到着時間を教えてくれれば、バス停まで迎えを出す」と言ってくれた。しかも小ムスタファが、旅行に持っていかない荷物があったら、今の宿からこのリアドまで運んできてくれると言ってくれたので大感激☆一挙にいろんな問題が解決されたので来てみてよかった~と思った。

それから、母もほしがっていたバブーシュを一緒に買いに行き、小ムスタファのおかげで値切り交渉もなくいいのを買うことが出来た。昼食場所は何となく目に付いたレストランで「一緒にごはんを食べましょう」と誘ったのだが、小ムスタファは昼間は仕事があるというので午後3時に宿で会う約束をして、母と私だけで入った。

モロッコ風サラダ 柔らかかった肉が美味! 本場のクスクス

そのレストランはかなり高級で、昼食の定食が400~450ディラハム(5000円ぐらい)だった。その頃には、小ムスタファから、モロッコ人の最低賃金が書面上1800ディラハム(22000円弱)で、手取りはもっと少ないということを聞いていたので、私の中での金銭感覚がおかしくなりかけていた。
レストランで食事をすると、フランスよりは安いが、彼らの生活水準からするととんでもない額なのだ。一体誰がこんなに値段を吊り上げているのかな~とソボクにも思ってしまった。

それはさておき、ここでの食事はモロッコ旅行中で一番洗練されており、一番美味しかった。
本場のクスクスは、スープをかけて食べるのではなく、クスクスと野菜を右手の上でコロコロ丸めてぎゅっと固め、そのまま手で食すということを知った。(母と挑戦してみたが、すぐに手がベタベタになってしまい、途中で断念)モロッコ人は、大皿に盛ったクスクスを家族全員で輪になって、大皿から直接手で食べるのだそう。その際、左手は不浄な手なので決して使ってはいけない。

ダル シ サイド博物館のパティオ 博物館の展示 1 博物館の展示 2

昼食後、母はベッドにダウンしてお昼寝タイムになってしまったので、3時には私だけが小ムスタファと出かけることになった。
まず向かったのは、「ダル シ サイド博物館」。ここには、ベルベル人のじゅうたんやアクセサリー、日用雑貨などの工芸品や寄木細工、武器、などが展示してあった。モロッコの建物はみなパティオがあって、そこに噴水や池などがあり、オレンジの花のいい匂いがして本当に気持ちがよい。この博物館も建物からして美しかった。
博物館を出ると、ずっと気になっていたハーブの並んだ店に入った。店員のお兄さんの説明を受けながら、モロッコはいかに自然に恵まれ、化学薬品を信じない昔ながらの暮らしをしているんだろう~とちょっと感動してしまった。
ハマムの経験から、自然のものが肌にいいというのは実証済みだった。信じられないほど肌がつるつるになったからだ。私はここで、アルガンオイル入りのクリームと、黒石鹸とあかすり用のミトンと、クスクスに使う香辛料を買った。全部で160ディラハム(1900円)だった。

化粧品とハーブの店の前に立つ小ムスタファ ハーブの店 ビンがすごい! 王宮側の通り

それから「バイア宮殿」に行った。こちらも現在は王宮として使用していないが、中の装飾などはまだ美しく残っている19世紀の終わり頃の宮殿だ。
私がすごいな~と思ったのは、博物館でもそうだったが、天井の装飾の美しさだ。また扉や窓の装飾も、素晴らしい。まさに職人の技っていう感じ。工芸品にしても、刺繍や細工の細かさにしても、モロッコには素晴らしい文化遺産があるな~というのを実感した。

バイア宮殿 1 バイア宮殿 2 バイア宮殿 3

宮殿を出ると、私は明日の朝の高速バスのチケットを買うためにバスの発着所まで行きたいと言った。小ムスタファは、「それなら小さいタクシーで行かなくては」と言って、すぐにタクシーをつかまえてくれた。メーターがないタクシーは市内なら20ディラハムと決まっているようだった。

高速バスは、1日に5便しかなく、チケットは前の日に買っておいたほうがよいとガイドに書いてあったので、うまく買いに来る事が出来てよかった。
エッサウイラはマラケシュから170kmの所にある海辺の町で、この高速バスは一番快適で速いと聞いていたのでこれにしたのだった。片道65ディラハム。(800円弱)預ける荷物は1つにつき5ディラハムかかる。
私は10時45分発のバスのチケットを買った。これで一安心。
またタクシーでメディナまで帰り、タクシーを降りてからはリヤドまで歩いて帰ってきた。小ムスタファには大感謝して、ガイド代をはずんでしまった。明日は半分荷物も置いていけるし、すべてがスムースに行き、いい感じだった。

部屋では母がすっかり休んでリフレッシュして待っていた。私たちは夕食がてら、フナ広場まで歩いていくことにした。また母が日よけの帽子をほしがっていたので、それも探すことにした。広場に面した店に帽子が置いてあった。なんと20ディラハム。(240円)これがけっこうよくて、「2ユーロの帽子」と名付けた。(そのまんま)

すっかり満足して歩いていくと、日本人らしき女の子がモロッコ人2人といるのが見えた。よく見てみると、その男の片一方はハッサンだったのでびっくり!
私に気付いて「お元気ですか~?」なんて声をかけてきたので、思わず母に、「ハッサンだよ、ハッサン!」と小声で言った。あろうことか、やつは女の子を必死で口説いている真っ最中だったのだ。
その女の子は「お知り合いですか?」なんてこちらに聞いてきて、「この人、日本語の先生なんて言ってるんですけど、大丈夫ですか~?」と言うので、「いや、ダメみたいよ」とひそひそ言うと、「すみません、一緒に食事することにしてくれませんか?」と女の子は言い、適当な理由をつけて私たちの方に歩いてきた。
彼女はひとり旅でモロッコ~スペインと2週間で回る予定で来たのだとか。飛行機でカサブランカに到着し、マラケシュにはバスに揺られて着いたばかりだった。到着後早々にハッサンに引っかかってしまったのだった。なんて運の悪い…!(昨日の私もそうだけど)
母が、「私たちも食事するので、よかったら一緒にどう?」と彼女を誘い、広場の眺めがよさそうなレストランの2階に上がった。ひとり旅の自由さを満喫している彼女に向かって母が「この子も昔、一人で放浪の旅に出てしまってどんなに心配したことか…」と、私への非難をこめた話を始めたので、憂鬱な気持ちでそれを聞いていた。(しかも何年前の話?)

夕食 野菜のタジン 夜のフナ広場 夜のフナ広場 2

食事は私が野菜のタジン、母がスパゲティ、彼女がクスクス。話がはずんで楽しいひと時だった。
結局名前も聞かないで別れてしまったお嬢さん、元気に旅を終えただろうか?あの時、撮ってもらったポラロイド写真、大事に記念にしまってるよ~☆

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マラケシュというと、ロブ=グリエの「グラディーヴァ.マラケシュの裸婦」を思い出します。
映画には砂漠も出てきますし、今回のリポートでマラケシュという街がより身近に感じるようになりました。
怪しいというイメージは、映画の影響が強いからかと思いますが、実際はどうなんですか。
それにしても、東南アジアもそうですが、二重価格どうにかしてほしいですね。

お久しぶりです~。

「去年マリエンバードで」の人ですね。
私は残念ながら仰っている映画は観ていませんが…。

母が昔の映画の影響を強く受けていて、「カサブランカに行きたい!」とか「ハイヒールを脱ぎ捨てて砂漠を駆けるのは何の映画だっけ?(確か「モロッコ」)」とかうわごとのように言っていました。砂漠に行けなかったのが非常に無念のようでした。
旅行の間中、テーマソング「カズバの女」と「異邦人」を歌い続けるのにも参りました。
(どっちもアルジェリア!)

砂漠に行きたいのだと最低10日間は必要な気がします。(でもサハラ砂漠なら他の国からでも行けますけどネ!)
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Author:ikuko
栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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