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2012年5月16日(水) 小説フランス革命~雑感あれこれ

佐藤賢一・著「小説フランス革命」を読んでいる。今2巻目。これが、ぐいぐい引き込まれるような面白さ。
歴史小説は通常、事実として記されている出来事と、実在の人物の名前、それとそれらにまつわる膨大な資料から生み出される。中には、歴史上の人物本人が書いた文章(または本)が残されていたり、言ったとされる言葉が残されていたりすることもあるが、そういう資料や文献がほとんどない人もあろう。
そういう数多の人たちが、それぞれの違った生い立ちや経験や生活の中で育まれてきた性質(キャラクター)を、いかにして作者は引っ張り出すのだろう。人は誰でもまず頭で考え、その意思を行動に移す…としたら、彼(女)はなぜその考えを持ち、どんな言葉を用いて話し、どう動いたのか。またそれが歴史上の出来事の中で、どのような礎を築いたのか。
こんなことをくどくどと書いたのは、佐藤氏の描くネッケルが、ロベスピエールが、ミラボーが、デムーランが、あまりにも自然に自らの言葉で話し、己の頭で考え、紙面の上を飛び回っているからだ。

実は恥ずかしながら、フランス革命の細かい知識がないので、私は1巻を読み始めた時、昔懐かしの「ベルサイユのばら」を本棚から探してきて一気に読み返してしまった。1時間ぐらいで読破した後、私は滂沱の涙を流していた。顔はぐちゃぐちゃ!
数年ぶりに読んだかもしれないけど、昔読んだ時と全く印象が違っていた。一体何度読み返したかもしれないけれど、「ベルばら」はやはり傑作だと思う。読者の年齢とともに変化する感受性にどのタイミングでも応えられる稀有な作品だろう。
今の私には、「人生の切なさと美しさ」それと「人はその立場ではなく、おのれの良心に従って生きられるのだ」ということを強く訴えてきた。オスカルの最期の意味は素晴らしい。王家を守るための軍隊が、国民とともに、国を再建させるべく闘うのだから。(もちろん架空の人物なのだが)

話はまた脱線するが、「善き人のためのソナタ」という映画がある。1984年の東ドイツが舞台で、シタージに人々の生活は監視され、疑わしい者は国家反逆罪で捕えられる。
そんな中、24時間監視や盗聴されながらも、捕まらなかった劇作家がいた。彼は、当然シタージに睨まれてもおかしくないような文章を西側の新聞に載せていた。
ベルリンの壁が壊れた後、彼は初めて、彼がずっと監視されていたことを知る。すべてばれていながら、危うくも助かっていたのは、監視していた大佐が、それを隠していたからだった。
この話もまた、あまりにも重くて、最後の一言まで胸はふさがったままだ。それが、最後の1カットでそのつかえが下り、ホッとするとともにじわーーーっと胸が熱くなる。「感動」ってこういうことを言うのだ。
どうしてこれを引用したかというと、人の良心というのは多分、自分の命と引き換えにしなくてはならないような土壇場で初めて発露されるのではないかと思うからだ。

そして「フランス革命」は、今でこそ誰もが「革命」と思っているが、当時の人々には何が何だか分からなかっただろうと思う。たた、あるのは混沌、混乱、暴動、不安…。
今でいう「革命戦士」とて、信じられるのは、自分の信念だけだったに違いないと思う。
歴史はひっくり返され、王家や貴族をギロチンに送った後、今度は革命を起こした英雄たちもまた処刑された。一体「フランス革命」ってなんだったんだ??
「勝ったのは結局、農民たちだ」という「七人の侍」の志村喬ではないけれど、どんな国でもどんな時代でも、民衆が一番強いというのが正しい国の在り方なのかな~。
先日の、大統領が選出された夜、社会党の陣営が集まっていたのは「バスチーユ広場」だった。広場を埋め尽くす群衆の熱狂を見ながら、「共和国フランスはここで始まったんだよな」と思った。フランス人ってやっぱり個々が強い!に違いない。なんたって、自分たちの力で国の土台を変えてしまったんだから。

さ、続きを読まなきゃ!



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2012年4月17日(火) 1Q84 ブック1

めっちゃ寒くて悪天候。激しい雨が降り、庭の花も荒らされてしまった。雨の合間にお散歩、夜は浄水器を付けてもらう予定の友達の工事人が来て久しぶりにおしゃべりしていった。
それ以外は、日本を出る直前の空港で買ってきた文庫、村上春樹の「1Q84ブック1 前・後編」を読破。面白くない…というのが率直な意見。もう、なんというか、あの感性についていけない(ため息)…という自分がいる。こんなことを書いたら、一体地球上に何万人いるのか分からないハルキストに怒られそうだけど。。。
もともと、村上春樹の小説に出てくる、自分とその周りのわずかな人たちで構成される世界で完結している生き方の男が苦手だ。自分の中に引きこもり、ほんの些細なことに喜びを見つけ、周りのだれにも迷惑はかけていないけれど、かといって誰とも深い部分でつながろうとしない…そういう生き方。本人は意識していないかもしれないけれど、ものすごくナルシスティックだし、なんか無性に腹が立つ。パッと見はクリーンで明晰でスマートなんだけど、生身の人として何かが決定的に欠けているような気がしてならないのだ。単に私の好みじゃないっていうだけかもしれないけどね。
春樹の文章の、過剰な飾り立てもこれ見よがしな例えも、(ほら、ボクって人と違うでしょ?)って感じで鼻につき、わざとらしく感じられてならない。昔、最初に読んだ時には新鮮に思えたけど、正直もう飽きてしまったよ。

物語は、まだ始まったばかり…の序章で終わってしまい、あとを読んでいないので何とも言えないけど、乗りかかった船みたいな感じなので文庫が出たら読みましょうか…とは思うけど、正直どうでもいいな。
カルトの宗教も、DVや少女虐待も、暴力と制裁もあまり興味のないテーマだ。そこに、愛のない男女のセックスシーンがやたら出てくる。(ヒロイン青豆の性格もよく分からない。一方で純愛を貫いているようで、やっていることは頭の悪い動物並だし)

…なんかいい感想が書けないけど、それは頭が拒否しているからだと思う。(苦笑)ってことで、とりあえず、第1次感想文としておこう。続きはブック2、3を読んでじっくりまとめましょう。




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吉村葉子のエッセイ

ずっと積んであったエッセイ本「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」「お金をかけずに食を楽しむフランス人 お金をかけても満足できない日本人」(ともに吉村葉子・著:講談社文庫)を一気読み。
この方は20年在仏されていて帰国後、東京にお菓子屋さん兼カフェを開いたということだけど、このエッセイはどちらも帰国後に書かれている。
彼女は、ご主人の宇田川悟さんとの共著でいくつかガイドブックを出している。それらは何冊か持っている(良書が多い)が、このシリーズのエッセイを読んだのは初めてだった。
まずは、在仏中のフランス人(または在仏の外国人)との華やかな交流の幅広さには驚く。何十年住んでいても、ここまでフランス人社会に入りこむ(というか知り合いを増やす)ことは難しいだろう。「親友の誰それ」という記述も多い。それが様々な階層、職種、年齢の人たちなので、単純にすごいなと感心した。多分、自分からいろんな場所に出かけて行き、知り合いを紹介してもらい、積極的に居場所を固めていったんだろうなと思う。そのアクティブな生き方、明るさには元気をもらった。

しかし、結論から言うとこういうエッセイは読んでいて非常に苦しい。中に書いてあるエピソード、その結論付けは、目次を見ただけで分かる。何が書いてあるのか詳細に予測出来てしまうのだった。まるで2時間ドラマを観る前に、事件の犯人を(キャストを見ただけで)予測できてしまうかのようだ。(ちょっと違☆)
そもそも「日本人はこう、フランス人はこう」という決めつけはどこからくるのだろう。お金がなくても平気な人なんてどこにもいないんじゃない?お金をかけなくても素敵な食卓を楽しんでいる日本人は本当にいないの?(あり得ない!)まずは、国籍によってその中にいる人間すべてをひとつのタイプにくくれるのか?いくら知り合いが多いったって、すべてのフランス人を知っているわけではないでしょうに…。
こういう、生半可に知っている人の撒き散らす情報「ちょっと合っているところもあるけど、実は勝手な独断」というのが一番厄介だと思う。また、こういう情報を有難がるのはいいが、それを鵜呑みにしないで冷静に判断することが大切なのだろう。なぜなら、こういう本っては大体が「フランスがよい」「日本はよくない」という路線だから。ホントにそれは絶対に違う!いい加減、「憧れ」のオブラートをかけてよその国を手放しに礼賛するのはやめましょうよ!と言いたい。



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≪ぷち感想≫ 「悼む人」 (天童荒太)

お天気が悪くてどこにも行く気がせず、「悼む人」を読破する。構想、執筆に8年かかった大作ということで、著者の強い思い入れが感じられる作品だった。(最後は涙が…)
生と死、善と悪、そして表面上はコインの表と裏に見えるすべてのことが、実はひとつの真理の中に存在しているのだということを感じた。
何も恐れずに生きている人はいない。完全なものは何もない。誰もが不安定なうつろいやすい存在だ。そのことを認め、支え合って人は生きなくてはいけない。でもそんなのは理想だけの空論だと、現代社会の中で多くの人はささくれだった気持ちを抱えて生活している。しかし、本当はみな「悼む人」を待っているのではないだろうか。少なくとも生きたのだという証を記憶してくれている誰かを。

大震災の被害者の方(行方不明者)の「死亡届」の簡素化が発表されたとニュースで見た。残された家族が死亡保険などを受け取りやすくするために、その規制が緩和されたというが、家族の人たちの表情は固かった。
待つことで生きていることを信じてきたのに、「死亡届」を出してしまったら一縷の望みもなくなってしまうというのがその理由のようだ。しかし一方で、「これでふんぎりがつく」という人もいて思いは複雑。
辛い歴史や人の死でさえも、いつまでも忘れないで覚えているということは、出来そうで難しい。人によっては「忘れるなんて罪」だとばかりに怒りだすかもしれない。しかし前に進めないほどの苦しみなら、出来るだけ軽くした方がいい。「忘れる」ということは、必ずしも悪いことばかりではない。

この世は悲しみであふれている。そしてどの土地にも死者たちが「悼んでもらう」のを待っている。しかし人はすべて死ぬ…その事実の前で、実は「悼む人」と「悼まれる人」は同一だということに気付くのだ。


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≪書評≫ 「ボッシュの子」

書評を読んで気になっていた「ボッシュの子」(ジョジアーヌ クリュゲール 著:小沢君江 訳)(祥伝社)を読む。
第二次世界大戦中にドイツ兵と恋愛し、子供を宿したフランス女性たちは「売女」と呼ばれ蔑視されたという。戦後、敵国人と関係を持った咎で「公開処刑」と称して広場で辱めを受け、髪の毛を丸坊主にされたりした。その子供たちもまた「ボッシュ(ドイツ人)の子」と呼ばれて差別されてきた。その数フランスに20万人ともいわれている。
もちろんドイツ側でフランス兵とドイツ女性の間に生まれた「敵国人の子」もいた。いや、戦争がある限り、そうした子供は世界中に生まれているはずだ。
戦後65年になるが、未だにその暗い、陰惨な過去により、自分の出生を手放しで喜べていない人たちがいるというのは、苦しいものである。生まれてきたこと自体を否定され、母親からも隠されるようにして生きてきた少女にとっては、人を愛することも、人から愛されることも難しいだろう。実際、著者であるジョシーヌは、どこか頑なで不器用な印象を受ける。その意固地さゆえか、恋愛をしても結婚をしてもどこかで冷めたもう一人の彼女がいて、彼女自身の幸せを阻んでいるような感じがする。誰も完璧になんてなれないのに、ましてや誰かとの関係が一点のゆがみもないことなどありはしないのに。

家は極貧で孤独という不幸な少女時代、一目でいいから「父親に会いたい」と願い、彼女はあるつてを頼って一通の手紙を認める。それを頼りに彼女に会いに来た父親と偶然道端で出会えたシーンは身震いがした。それまで全く会ったことのない父親のことをすぐに分かったというのだ。血のつながりというのは、そんなに強いものなんだろうか。
しかし、残念なことに両者には言葉の壁があり、うまく意思疎通ができない。母親はもう再婚しており、子供もいる。聞けば父も再婚しているという。
再会を願ってその後に行方を捜した時には、父は亡くなっていた。フランス女性と関係を持ったドイツ兵も、きつい労役に何年もやられ、体を蝕まれていたのである。
それでもその後、彼女はドイツの異母兄弟に出会い、再び言葉よりも強い血の結びつきを感じ、交流を深めていく。まるで映画の中の話のようにドラマティックだ。しかしこれは現実なのである。

数年前に、フランスのテレビ局が「ボッシュの子」を取り上げ、そのタブーにメスを入れた。その時に、ドイツ人の父親や自分のルーツを知りたくて悩んでいる「ボッシュの子」達がいかに多いかということを訳者は知ったそうだ。(訳者は「OVNI」の創始者の小沢さん。パワフルな人だ)
フランスに住んでいても、隣にいる人のルーツまで深くは考えない。アジア人とか黒人とかアラブとか、はっきり分かる顔立ちをしているならまだしも、ヨーロッパ人(白人)の間でも、そうしたドロドロした問題が、いまだに根深く残っているとは…。国境なきように見えるこのEUの中で!そのことに一番心を揺すぶられた。


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栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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