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文系擁護論

この間、アドリアンと長男の進路のことで話していた時に「文系がいいか、理系がいいか」という話になった。長男に関して言えば、フランス語がまず圧倒的にボキャブラリー不足なので、文系ではない。数学はできる方だけど、理科はパッとしない。あれれ?どっちでもない、どうしよう~。
「しかしやはりフランスでは理数系じゃないの?」と私が言った不注意な一言が、アドリアンに以下のプチ論文を書かせてしまった。題して「文系の弁明」!フランス語で書かれていたので、私が訳し、加筆、推敲しました。



文系の弁明                     
                                
フランスでは、日本でいう高校の1年目(訳注①)に、自分がその教育課程においてどの分野に進むかの選択を迫られる。それには、文系、理系、経済の3つの過程がある。この選択は、高校3年時の最後に全国一斉に行われるバカロレア(訳注②)や、その後の大学のコースにまで重要な影響を及ぼす。

ところで、昨今では、「文系は将来を考えると何の役にも立たない。唯一、将来有望なのは、理系である(もしくは、ぎりぎりで経済も)」というようなことが取り沙汰されている。この考察は、かの哲学者プラトンに言わせれば、彼が「ドクサ」(訳注③)と呼んだ単なる臆説に過ぎない。言わば、筋道だった理論も主張もない思いこみだ。そしてこの思いこみは、井戸端での軽い議論に似ており、問題への浅薄な知識を露呈している。

もし、その学生が医者かエンジニアにでもなりたいのなら、議論する余地はなく理系に進むがよい。それは自然なことだし、常識的だ。
しかし、共和国の継続を保障し、この国の未来を担うエリートになるためには、文系であることが必須なのである。エリートを育てるグランゼコールには、高級官僚を輩出する国立行政学院(ENA)、判事や検事になるための国立司法学院、大学教授になるための高等師範学校などがあるが、それらの入学試験の科目は、一般教養、法律、ヨーロッパ法、経済学などの、文系的要素の強いものだ。理系科目はオプションで選択できるにすぎない。

もうひとつ、これもよく耳にする愚かな思い込みが、「文系のバカロレアは理系のそれに比べて取得するのが簡単だ」という臆説である。しかしはっきりとした数値が、逆の真実を示している。
2009年度の理数系バカロレアの合格率89.6%に対し、文系バカロレアの合格率は87.1%であった。この文系の試験科目は、特に難解な哲学(係数 7)(訳注④)を含む。
哲学の試験とは、1+1=2のように明快な答えが出るものではなく、論文形式なので、非常に点数が取りにくい。しかも、この係数(倍数)7というのは、取得した点数が7倍で計算されるという意味で、万が一これで失敗すれば、バカロレア自体の合格も危ぶまれる。
 ちなみに私がこの哲学の試験を受けた時の問題用紙には、「われわれは国家にすべてを期待すべきか?」という一問のみが書かれてあった。この質問に答えるのに与えられた時間は4時間、使用してよいのは、一本の万年筆とおのれの頭だけであった。それ以外のものは、いかなる資料もテキストも認められなかった。

フランスといえば哲学だ。誰が何と言おうと哲学なのだ!

フランス革命は、ルソーなどの啓蒙主義者がいなければ起こらなかっただろう。サルトル、フーコー、ブルデューの著書は、一体何ヶ国語に訳されているだろう。

 しかし、実際のところ、理系、文系といった区分けやどちらがより優秀かというような論争はさほど意味がないように思われる。
 古代ギリシャでも、思想家たちは哲学者であると同時に科学者であった。アリストテレスは、『詩学』のような文学的概論を出版すると同時に、『天について』という科学的概論も残している。
 またポール・ヴァレリーは、数学者であり詩人だった。
 日本人でも、例えば、安部公房は、東大医学部を卒業しておりながら、20世紀の日本の文壇を代表する偉大な作家といえよう。文学のために医者になる道を捨てたというのは、全く興味深い。
 
 社会の豊かさは、まさにこれらの学問の融合や補充性にある。科学者がいなければ、もちろんのこと発展は望めない。しかし哲学や文学がなければ、日常生活は何と味気ないことだろう。

 もし何らかの理由は問わず、私が無人島に住まなければならないとしたら、私が持っていくのは顕微鏡ではなく、ランボーの詩集に違いない。

(訳注)①フランスの教育は、CP(日本で言う小学校1年生)CE1(小2)、CE2(小3)、CM1(小4)、CM2(小5)と小学校が5年制、中学は4年制で、6年生(小学校6年生)、5年生(中学校1年生)、4年生(中学校2年生)、3年生(中学校3年生)となり、高校に入ってからは2年生(高校1年生)、1年生(高校2年生)、その後1年間の終了学年(高校3年生)があってバカロレア(高校修了試験=そのまま大学、大学院の入学にかかわる)の受験となる。
②Baccalauréat :バカロレア /大学入学資格試験またはその資格。Bac(バック)ともいう。この資格の取得後に何年教育を受けたかでbac+2とか、bac+4などという。高等教育修了の一つの目印になるもの。
③La doxa :ドクサ(ギリシャ語)/学的な理性的知識であるエピステーメー(=認識)に対立させて、単なる感覚的、知覚・日常的意見をさして読んだ語。憶測、臆見。
④バカロレアの採点方法は特殊で、各過程においての選択科目も違えば、それらの採点上の倍率(点数を何倍かにして採点される)も違う。もちろん各専門分野の倍率(比重)が高くなる。




≪訳者の補足として一言≫
 本人は、全文を旧かな遣いで訳してほしいと言っていたので最初はそうしたのですが、訳してみたら読みにくいので現代文に直しました。
 バカロレアの哲学の問題。謙遜していましたが、アドリアンはこの問題で20点満点の18点を取り、バカロレア自体は「秀(トレ ビヤン)」で合格したそうです。(彼の高校では文系100名中たった3名が秀だったそう。)
 私は、このひたすら論文を書かせるというテスト形式をみっちりとたたきこまれる、フランスの教育制度に感心します。これを小さい頃から訓練していると、自分の考えをまとめる力や人と議論する仕方を学ぶだろうと思うのです。逆に、○×式やマークシートのテストばかり受けていると、他力本願で自分で答えを見つける努力をしない人になりそうです。(上記の哲学のテストでいえば、18点を取った答案というのはどうだったのか、読んでみたい気もします。)
 
 アドリアンが最後に言ったように、やはり現代社会では、ますます文系とか理系とかの枠なく、ある程度バランスよくどちらの分野にも知識のある人材が求められていると思います。それでもあえて、文系がいいんだよ!というアドリアンの熱い説に、私も一票を投じたくなりました。
 ちなみに、私が無人島に流されるとしたら、持っていくのはPCとスカイプの道具かな~。これって文系、理系、どっちなんでしょうね?(ネットが使えるのが前提ですが!)



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ワーキングホリデーに物申す!

 先日、フランス人の夫を持つある日本人の友人と長電話をしていた時、話がたまたまワーホリ(ワーキングホリデーの略)のことになった。彼女曰く、ワーホリの子にベビーシッターを頼んだが、あまりの質の悪さにびっくりしたとのこと。気が利かないだけでなく、一般常識にも欠けているというのだ。「一体どういう人たちがワーホリなのか?」と怒っていた。続けて曰くに「最近じゃほとんどの仕事はワーホリに取られるし。知ってる~?アロカシヨン(給付金)だって当たり前に請求するんだってよ~!」
 私は現在ほとんどワーホリの人達と接触がないので、極言は出来ないが、それでも薄々とフランス在住の日本人のレベルがここ6~7年の間にじわじわと低下していることには気付いていた。去年まで店を経営していたので、お客さんの変化でもそれが顕著であった。こういうと嫌な感じだが、同じ日本語で話をしているのに、全く分かり合えない人たちが増えてきたように思っていた。実際、フランス人の友人があるワーホリの女性に部屋を貸した時の何ともいえないトラブルに巻き込まれたこともある。それは必ずしも「ワーキングホリデー」だけのせいではないと思うが、一般にあまりにも安直にフランスに来る人が増えてきたのを否めない感があったのである。
 インターネットで調べてみて、いよいよ面白いことに気付いた。日仏間がワーキングホリデーという制度を開始したのは99年の12月とのこと。ちょうど、私が「ちょっと最近、在仏日本人へん?」って思い始めた頃と一致する。いまや毎年約600人の日本人がフランスへとやって来るのだそう。相互の契約だから、もちろんその逆のフランスから日本へ行く若者もいるのだろうが、日本からの矢印の方が断然太いように思う。年齢では、18歳から30歳以下までとある。言うまでもなく圧倒的に女性が多い。ワーキングホリデーのヴィザは1年間で、ヴィザ代は無料。1年間は無条件で就労できる。勉強の義務もなし。ここが大きく学生ヴィザと違う。
 学生ヴィザというのは、通常の語学学校だったらまず半年間の滞在許可証しか出ないし、沢山の書類も必要。前もって学費を納めた証明書もいるし、それも週20時間の授業が義務付けられている。語学学校の学費は結構高いし、勉強もハードだ。だから、普通そんなに長くは学生は続けられない。途中でもっと学費が安くて1年のヴィザが出る大学に切り替えるとか、名前だけ書けばヴィザを取り易くしてくれるようなチョンボの語学学校もあるにはあるけれど…。またアルバイトも週に何時間までという決まりがある。
 しかし、ワーホリのヴィザというのは、「1年間この人は、この国に何のお咎めもなく居られるんですよ~。別に勉強していなくても、仕事もしていなくても、毎日何~にもしていなくても誰にも何にも言われないんですよ~!」というヴィザなのだ。これぞ究極のモラトリアム。イヤイヤしていた仕事を投げ出して、「1年間ワーホリに行ってきま~す!」と言って日本を飛び出してきたくなる気持ちも分かる。「ワーキング」と付いているので一応聞えもいいしね。しかしその実態は「ワーキング」は外してしまって「ホリデーーー☆」だけの人がどれだけいるだろうか。
 なぜなら、彼らは、ヴィザだけはあっても仕事は決まっていない状態でやってくるからだ。このヴィザも最初の頃は、フランスに受け入れ先がないと来れないような決まりがあったらしい。しかし今では、誰彼かまわず出国させてしまう。これってどうにかならないのかな~。ヴィザの発給に必要な審査は、簡単な論文(日本語可)だけで、ヴィザを取得した人のほとんど
はフランス語が出来ない。「働きながらうまくいけばフランス語を覚えられるかも~?」って、アナタ、フランスのどの企業が、日本語しか話せない人を雇ってくれるんでしょうか?そんなわけで実際の働き口は、日本料理店(水商売も含む)であり、日本の旅行会社であり、日系企業のアルバイト、はたまたベビーシッターになる。この人達の出現以降、求人広告に「ワーホリ可」の文字が増えた。雇用主にとっては、こんなに便利で使いやすくて後腐れのない労働者はいない。なんせ次から次へとやってくるし、年金の心配はしなくていいし、若くてピチピチしているのだ。しかしそのせいで……長期滞在組の「子供も大きくなったし、この辺でパートにでも出ようかしらん」みたいな年齢の女性達の就労先がなくなった。まさに、「皆無」と言っていい!雇用者は、ずーっとこれからも面倒を見続けなくてはならないオバさんたちなんか要らないのだ。今、手元に日本語新聞「OVNI(月2回発刊)」と「フランスニュースダイジェスト」(週刊)があるので、ざっと求人ページをめくってみたが、1回分の求人の2紙合わせての件数は、53件。その半数以上が「ワーホリ可」とあり、しかも職種は、ほとんどがサービス業でフルタイムではない(中には「子供のお迎え」なんていうのまである)。でもくり返し言うが、600人も来るんだよ!フランスにおけるもともとの求人という分母が限られている上に(フランスの企業はわざわざ日本人なんて欲しがらないしね)、山のような人達が次から次へと押し寄せてくるのだ。これじゃ、私たちに仕事なんか回ってくるわけないやん!これが一つ目のおっきな問題だ。
 そしてもう一つ、友人も騒いでいたが「アロカシヨン ドゥ ロッジュマン(住宅給付金)」のこと。これは最近の学生さんやワーホリの人達では知らない人がいないのではないかと思われるが、私が学生やってた14年前には、こんなのもらおうなんて思う人誰もいませんでしたワ。今じゃ誰が吹き込んだのか、猫も杓子も、「もらえるもんはもらわなきゃ損」とばかりに役所に書類を送って給付してもらっている。(毎月結構大きな額が支払われるらしい)このアロカシヨンっていうのもフランスの両刃の剣だ。
これはもともと、子沢山の家庭とかで低賃金の所得しかない人達が「お願いします~。助けてください」っていう感じでお国に出してもらう援助のお金であって、親から仕送りもらっているような学生や、ましてや「ワーホリ」で半分遊びに来ているような人(失礼!)らがもらうのはお門違いだと思うわ。だって、ワーホリの子って確定申告していないでしょ。つまり、お給料(バイト代)だけもらって、フランスに税金は落とさずにその前に帰国してしまうくせに、国の恩恵だけはちゃっかり得ようとするのはどう考えてもおかしいんでないかい?私は、そのことも潔くないと思うのだ。だってもともとはアロカシヨンって善民の血税なのだよ。(そもそもバイトっていう種分けはフランスにはない。日雇いなら日雇いでも正式な雇用契約を結ぶか、もしくは自由業者としての登録が必要) 
 
あと、ワーホリのサイトを見ていて感じたのは、「っていうかー、今のままの自分って本当の自分じゃないような気がするー。将来のこと考えて、自分でやりたいこと見つけたいから海外にでも行ってみよっかなん♪」みたいな軽いノリの人がすっごく多いのだ。中には、「大学に入ったけどつまんないので、留学しようと思ったけど学校も授業料が結構かかるし、レベルも高すぎるので、ワーホリが自分にちょうどいい☆」って、「遊びたいだけかい!」みたいな人が結構多くて困っちゃうわ。そして究極は、同じホームページ内に、必ずあるのだ「海外恋愛」「海外結婚」の項目が!その悩み相談とか、質問とかを読んでいると、「一体この人達は何が目的で海外に行きたいのだろうか?」と素朴な疑問が湧いてくる。あんまり馬鹿馬鹿しくなったので、もう途中から読む気もしなくなってしまった。
 まーここで私が申したいことは、「日本政府も、こんな無駄なことに力を注いでいないで、何かもっと違うこと考えたらどうかね~」って、これが私の正直な結論だ。フランスに限っていえば、大勢の日本人が1年間、お金を使いに来てくれるから「ウェルカム」なのであって、決して彼らフランス人がその人達を働く仲間として同じ時間を共有したり、人生経験を豊かにしようとしてくれているからではないのだということをここに付け加えたい。要は、どこまでも長期の旅行者扱いだということだ。
「ワーキングホリデー」、
この制度の生ぬるさは、海外の地で真剣に生きている人達に失礼だ。もし、どうしても続行するのであれば、現地での受け皿を全部前もって日本政府が用意するべき。それにもっと厳選な審査を行い、優秀な人物を海外に派遣してほしい。日本人を輸出しているのと同じなんだからねっ☆

後記)あえて苦言を呈し、ガミガミ言ってみましたが、もちろん「ワーホリ」で来てもその期間を有効に利用し、楽しくためになるステップアップにしていった人たちがいることを信じてやみません。

私的比較文化論~カフェ文化・BAR文化

 題名からして大げさに構えてみたが、フランス、スペインの生活を語る上で欠かすことのできない「カフェ」「BAR」を比較することで、2つの国の文化を掘り下げて考えてみたい、とある日突然思った。この2つの国はお隣同士なのに結構違うことが沢山あってその大きな違いの1つが「カフェ」「BAR」の違いだと強引にも思ってしまったからだ。あくまでも私的意見として御笑覧いただきたい。


オデオンのカフェカフェドゥマゴ

 まずはフランス。「カフェ」という言葉から連想されるのは、どちらかというとインテリ層の人たちや芸術家達の社交場であり議論の場というようなイメージである。もちろんそれは場所(地区)によっても時間帯によっても違ってくるのだが。朝の6区のサンジェルマン界隈のカフェなんて行ってみると、見るからに自由業、もしくはマスコミ関係風、芸術家風の生活レベルの高そうな人達がパイプをくゆらせながら新聞を読んでいたりする。マダム風の人のファッションも、ア・ラ・モード。小物1つ見てもお金がかかっているのが分かる。なんかちょっと違~うこの人達☆みたいな感じ。もちろんパリだって広いから中には労働者の溜まり場カフェもあるだろうし、おのぼりさんが入るカフェもあろう。しかし、「カフェ」といってまずパッと連想されるのは、私的にはこんなちょっとスノッブな感じがある。 カフェの歴史を紐解いてみると、1689年創業の「Le Procope」が、パリ(世界)最古のカフェということだ。ここはオデオンに近く、フランス革命下に思想家達が溜まり場にしていたという歴史的な場所だ。日本だったら居酒屋か、秘密のアジトだろうか?カフェというのが単にコーヒーを飲むための場所でないのがここからもうかがえる。プロコープの看板プロコープの記念碑
 またカフェのもう1つの役割は、町の避難場所といったら大げさだが、「トイレ」であり、「電話」であり、「水」である。カウンターの途切れた向こう側にはたいてい地下に続く階段があって、そこを降りていくとトイレがあり、コインが使える電話室があるのが一昔前のカフェだ。最近はほとんど誰でも携帯電話を持っているため、カフェのコイン電話も滅多に見なくなってしまったし、トイレも随分きれいになリ、普通の洋式トイレが主流になってきた。しかし「カフェのトイレ」といって真っ先に頭に浮かぶのは今は大分減ったが、トルコ式のしゃがむタイプで、水を流すとそのあまりの勢いで靴がびしょびしょになってしまうようなもの。電気も節約のためか、ドアを閉めてカギをかけると自動的にスイッチが入るようになっているようなものが随所にあり、慣れない時は電気のスイッチがないので真っ暗なトイレに超あせったものだった。またいまだにいちいち店の人にジュトンというコインをもらわなければ入れないようなトイレや、ちょっといい場所だと有料のものもある。 また「水」というのは何かというと、トイレと水はどんな人に対しても無料で提供すべしというカフェの決まりがあるそうだ。実際、私は目の前でカフェの主人が、ふらりと入ってきた男に要求された水道水を黙ってコップに入れて渡していたのを見たことがある。つまり理屈だけでいえば、どんな人でも、カフェに入ってトイレを借り、水を飲ませてもらえるということだ。なんて大らかなことだろう。6区のカフェマレ地区のカフェ
 さて今度は内容に移ろう。フランスのカフェの大きな特徴の1つにカウンターと座席での「値段」の違いというのが挙げられると思う。コーヒー1杯を例に取ると、現在、カウンターで飲むと1ユーロ10とか20ぐらい、これが席に座った途端、倍の値段になるのである。確かにギャルソン達の手を煩わせるかもしれないが、それでもいきなり倍になってしまうのはやり過ぎなような気がする。ま、あくまでも個人的な意見だが‥‥。(値段のことだけでもなく、私はカウンターで飲む方が多い) そして肝心の飲み物だが、カフェの一番の代表選手はやはりコーヒーだろう。「アン カフェ スィル ヴ プレ(コーヒーお願いします)」と言うと、出てくるのはデミタスカップに入ったエスプレッソである。これは断然イタリアンのブランドの方が美味しいと思う。「カフェ セレ」といったら更に濃~いのが出てくる。デミタスに半分ぐらいの量。「カフェ クレーム」は泡立てた暖かいミルク入り、「ノワゼット」といったらカフェに冷たいミルクが少量入ったもの。そんな所が主流で、アイスコーヒーはないし、紅茶は普通のカフェだとティーパックで出てくる(しかも高い!)のでお薦めしない。美味しい紅茶が飲みたければサロン ド テに行くしかない。その他の温かい飲み物はショコラぐらいだろうか。冷たい飲み物はジュース、コーラ、ミネラルウォーター、オランジーナなどの他はアルコール類。朝からビールを飲んでいる人もいる。 


 カフェに座り、何かを頼めば、あとは誰もあなたを邪魔する人はいない。ギャルソンが交代する時に、先にお金を払って欲しい、と言いに来ることはあるけれど、どんなに長く居座ってもそんなに長居されるのは迷惑だ、みたいな顔はされないし、放っておいてくれるので有難い。また何度か通ううちにギャルソンが顔を覚えてくれれば、そのうち「ボンジュール」という挨拶とともに向こうから握手の手を差し出してくる。そうなったらしめたもの。もうあなたはそこに認知されたということ。そんなカフェが何軒かあるだけでフランスの生活はちょっと変わってくるはずだ。  


さて一方のスペイン。これは何といっても「BAR(バール)」だ。町のあちこちにあり、たいていどこのBARのカウンターにも男達が何人か陣取ってビールを飲んでいる。カウンターに立っているのも圧倒的におやじが多い(ような気がする)。女1人で、はじめて入るBARのカウンターに立つ、というのは結構勇気を要する。(外国人だと尚更!)でもめげずに入ってカウンターの上を見ると、小さなガラスケースがあって、朝だとクロワッサンやドーナツや見るからに甘そうな菓子パンが、昼にはスペインオムレツや、小さなたこの酢の物や、エビのマリネのような美味しそうなつまみが並んでいる。サラミやチョリソーもカウンターの上からぶら下がっているし、見ているだけで何か頼んで食べてみたい☆という要求を抑えられなくなる。みんな当然のように立ち飲み。(でも席に座っても値段は一緒!)タバコの吸殻やオリーブの種は平気で床に捨てるので、床はゴミだらけになっている。BARスロットマシーン
 また大抵のBARにはスロットマシーンのようなゲーム機が置いてあり、当たるとお金が出てくる。賭けゲームも合法なのだ。タバコの自動販売機が設置してある店も多い。店の中はタバコの煙と喧騒。(2006年の1月から、それでも100㎡以上のカフェは喫煙席を設けるか、換気扇などを十分配置するよう義務付けられた。それ以下の大きさの場合は、主人の采配で決めるという) スペイン人の男達はみな自分の行きつけの店を持っている。家でもコーヒー自体は飲めるのだ。でも毎日わざわざBARに通う。そこにはいつも決まった常連の仲間が待っていて、タバコを吸いながらいつまでもカウンターに立ったままでとりとめもない会話をする。それは彼らにとってはなくてはならない日常の一部であり、オアシスのようなものに違いない。 女達にとっては‥‥というと、BARよりも最近ではコーヒー専門店のような店やフランスのカフェに近いような店、あるいは立ち飲みスタンドのようなもっとカジュアルな店が沢山できてきた。また補足だが、スペインの飲食文化は今日、かなり南米人やアジア系(特に中国人)に担われてきつつあるように思う。 さて、BARの内容も見てみよう。コーヒーは「カフェネグロ(ソロ)」がブラックコーヒー、これはデミタスで出てくる濃いもの。ここに少量の温めたミルクを入れたのが「コルタード」。なぜかコルタードは決まって小さなガラスの取っ手なしグラスに入って出てくる。スペイン人はこれらのコーヒーに何かのアルコール(リキュール)を入れたのをよく飲む。(姉のBARでもそういう注文をよく受けたが、スペイン人は語尾が不明瞭な人が多く、私には全く分からないことが多かった!)大きなカップのミルク入りコーヒーは「カフェコンレーチェ」。これは朝飲むことが多い。あと(複雑だな~)と思ったのは、「カフェイン抜き」コーヒーの存在。カフェイン抜きには、通常のコーヒーのように粉状のものをエクスプレッソのマシーンで抽出するものと、小さな袋入りのインスタントのものと2種類あって、人によって指定してくるのが違うのだ。それを「コルタードにして」とか、「ホットミルクにカフェイン抜きの袋をそえて」とか結構注文が細かく入り組んでいるので慣れるのに苦労する。コーヒーの飲み方の多様さは、フランス人の比ではないような気がした。  


 以上、勝手な意見を書き付けてみた。カフェ1つを取ってみても隣の国同士なのになんと違うことか、と思う。でもどちらにも共通して言えることは、フランスのカフェも、スペインのBARも、どちらも街の文化を担う必要不可欠なものということだ。日本の喫茶店とはどちらもかなり違う。なぜかというと日本の場合は、「誰と」あるいは「何かするために」そこに行く方がより重要で、喫茶店の雰囲気や従業員は「背景」でしかない事の方が多いから。フランスのカフェやスペインのBARは、その「箱」自体を目指していくのだ。なぜなら、それが生活の一部だからである。     


 

狙われる日本人

11月半ば、折しもパリは、暴動騒ぎで日本のニュースでも連日放送されていた頃、その陰に隠れるように日本人を対象とした悪質な強盗事件が頻発していた。
 その日、夕方18時過ぎ、M氏は日本から商用で訪れた知人(53歳女性)をCDG空港まで自家用車で迎えに行き、後部座席(運転していたM氏の後ろ)に乗せ、高速道路1号線をパリに向かって走っていた。ペリフェリック(環状線)に合流するという直前、渋滞でのろのろ右車線を走っていたが、突然、後部右側の窓が、ものすごい音をたてて割れ、ぬーっと伸びた黒い手が、後部座席に置かれていた客人のボストンバッグを奪ったのだという。犯人は、手にもっていた石のようなもので窓ガラスを破ると、場所をあらかじめ知っていたかのようにバッグを奪い取り、高速の塀を乗り越えて逃走した。その間約3秒。M氏は語る。「バイクでも突っ込んできて事故を起こしたのかと思いました。一瞬のことなので、何がなんだか全く分かりませんでした。犯人の顔?そんなの見る間もないほどでしたよ。それに黒い覆面と黒い手袋で完全武装していましたから。まあ、体つきや行動からすると若い男でしょうが、完璧にプロの仕業でしょうね」
 すっかり動転してしまった客人をなだめつつ、そのまま17区の警察に直行したが、派手に壊された車の窓を見ても警官達は眉ひとつ動かさなかったという。ただ保険のための書類をタイプして「VOILA!(ほらっ)」でおしまい。いくら保険が適用されたって、心に受けた傷まではカバーしてくれない。客人はそれから2日間眠れず、仕事の書類を全部失ったため折角のパリ滞在が意味のないものになってしまった。
 後日、M氏は、被害にあった場所や時間や手口が、最近頻発しているということをさまざまな人から聞いて驚いた。去年まで10年以上も旅行会社に勤めており、時には1日に何度も空港に行っていたというのに、今まで全く聞いたことがなかったパターンだったからだ。「これは、日本人の個人客にねらいを定めたグループ組織だと思います。だから大型バスやタクシーは狙われていないようです。AFやJLの到着時刻も調べてあると思いますし、ちょうどラッシュ時で、車が動かないのも計算されているんです。ひょっとすると空港から対象人物は付け狙われているのかも知れません。携帯で連絡を取り合いながら、対象を見つける係と、実際に行動を起こす係との共同作業かもしれません。いずれにしても犯行手口がだんだん攻撃的になってきていますし、相手も巨大組織化している恐れがあります。ただ被害を最小にとどめるためにも、貴重品は外から見えないところに隠しておいたり、左側の車線を走ったり、客であっても助手席に乗せたりなど、工夫をしたほうがいいと思いますね。防犯スプレーとかアラームなどできれば武器も一つぐらい用意しておいたほうがいいかもしれません(笑)。本当に残念なことですが、警察は何もしてくれません。在仏25年目にして、自分の身は自分で守らなくてはということを痛感させられました」
 パリにあこがれを抱いて訪れる観光客を減らさないためにも、また、フランスに住む私たちがもっと暮らしやすくするためにも、どうかM氏の体験を無駄にしないようにしたいものだ。(M氏とはうちの夫のこと。書き方がインタビュー仕立てでわざとらしいですが、実話です!この原稿は日本人新聞OVNIに投稿し、翌月抜粋して掲載されたもののオリジナルです)



 


 



本のお祭りFête des Livres!

長男の小学校この本のタイトルは?
長男(もうすぐ10歳)の通っている公立の小学校で、「本のお祭り」があった。これは、毎年1度行われているなかなか楽しいイベントだ。クイズ形式で質問に答えたり、各教室で先生方の協力のもと、アトリエと称する色んなクイズや言葉遊びをしながら、先生方のサインをもらっていき、最後に全員が好きな古本を1冊ずつもらって帰るというお祭りなのである。(質問やゲームの内容は、小さな子供達用と大きな子供達用に分かれている)いつも通り9時に登校で、持ち物は鉛筆1本だけ。今日は親たちも学校に入れる。狭い中庭にクラス毎に集まると、先生が一人一人に紙を配った。そこにはこう書いてあった。「校舎のあちこちに11こ、質問の紙が貼ってがあります。すべての答えをこの紙に書いたら、2階の1つ目の教室に来なさい。サインをあげます」問題は壁に貼ってある教室に貼ってあった問題
今年のテーマは、フランスの人気漫画「ASTERIX(アステリクス)」だ。 子供達は、紙をもらうやいなや脱兎のごとく駆け出してゆく。うちの息子も、 「もうママはいいから帰って」と言い残してぴゅーんと走って行った。他の子達は、誰も親が来ていなかったので恥ずかしかったようだ。しかし、長男はすぐに戻ってきて、「やっぱり答えが解らないから来て!」と言うので、結局付き合って見て回ることにした。質問は、校舎の階段や、廊下に貼ってあり、本のタイトルを3択で選んで書き込んでいくものだった。表紙の絵が出ているので、小さな子でも分かるようになっている。やっとこ11ヶ所答えを書き込んで、教室へ持っていき、1つ目のサインをもらった。サインの用紙は、別になっていて、ここで始めてもらえるようになっている。さあ、これからアトリエめぐりだ!タイトルを当てる答えわかった?
10ヶ所のアトリエの内容も実によく考えられていて感心した。例えば、5~6つの物語の主人公の絵が書いてあって、その本のタイトルを選ぶものとか、クロスワードパズルをして最後に文章を作るものだとか、ばらばらになった映画のタイトルと写真を1枚の紙に貼っていくものだとか(「となりのトトロ」の絵も発見!)、1つの単語のアルファベットを並べ替えて他の言葉を作るものだとか、ただ先生がお話を読んでいる部屋や、コンピュータゲームの部屋もあった。となりのトトロが問題に!できるかな~?
コンピュータ室で教室にて
プレイルームでは、校長先生(女性でしかも若い)自ら、机を出してその上に生徒に配る古本を並べていた。古本は生徒達の家からの寄付だというが、どれも状態が良くぼろぼろの本は見当らなかった。そこでしばし、校長先生と歓談する。実は、彼女は長男のクラス担任で もあるのだ。「彼は、頭の中でフランス語を日本語に訳してから理解していない?」と言われるので、「そうかもしれません。母国語が日本語ですから。」と答えると、「いつか脳みその中の言語切り替えスイッチが、瞬時に入るようになるわよ」と励まされた。参加賞は古本!若き校長先生
 今、ちょっとその切り替えがうまくいかずに伸び悩んでいるのだ。日本人家庭だと他の子達に比べて語彙も圧倒的に少ないし、歴史とか地理とか私の手に負えない科目も始まってきたし…。それはともかく、長男は、5つサインをもらったところで、」時間切れ。アトリエが閉まりだしたのだ。時刻は11時30分を過ぎていた。今日は自分の好きな時に帰ってよいので、もうさっさと帰ってしまった子も沢山いた。(こういうところの適当さがフランスだ。日本だったら、「終わりの会」とか、「校長先生のお話」とかありそう!)私たちもそこで、古本をもらい、(欲しい本がなかった長男は、「弟のために」と言って、「ぞうのBABAR」の短いお話がいくつか入ったものを選んでいた)帰路についた☆
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栃木県宇都宮市出身。1993年2月よりフランス在住。現在パリ郊外に住んでいます。

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